テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
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DATE/ 2016.12.05

第36回 黒ホッカくんの思い出

 前にも書きましたが、ねず美ちゃんがうちに来たころから、白と黒のオス猫が庭に来るようになりました。黒いホッカムリをしているよう顔なので、美子ちゃんが黒ホッカくんと呼ぶようになった猫です。

 顔デカくんと違い、黒ホッカくんは首輪もなく、どう見てもノラです。しかし、美子ちゃんは、黒ホッカくんの大らかなところや、おっとりしたところに上品さを感じると言っていました。おそらく、根っからのストリート育ちではなく、どこかで飼われていたことがあるのではないでしょうか。

 黒いホッカムリといえば、世界的に有名になった猫、写真家・荒木経惟さんの飼い猫チロちゃんもそうです。チロちゃんは22歳という長寿を全うしましたが、猫の22歳は人間の100歳に相当するそうです。

 それに比べて、ノラの寿命は3年と言われています。食べ物不足、病気、寒さ、他の猫との喧嘩、交通事故などで命を落とす猫もたくさんいます。また、いつも周りに気を張っていないといけないというストレスからなのか、雨や寒さのためなのか、飼い猫よりも早く年老いていくようです。黒ホッカくんも、最初に現れたときはまだ青年の爽やかさが漂っていましたが、見る見るうちに「黒ホッカおじさん」といった感じの中年の雰囲気になっていきました。

 ねず美ちゃんを飼い始めたころは、外に出さないで家の中だけで飼おうとしていたので、外に出すときはケージに入れていました。ケージに入れて、庭で日向ぼっこをさせていると、いつの間にか黒ホッカくんが来て、ケージ越しにねず美ちゃんとジャレて遊んでいることもありました。

ねず美ちゃんとジャレて遊ぶ黒ホッカくん。


 美子ちゃんは、近所の原っぱの話や、マンションのベランダの話なんかを、黒ホッカくんが面白おかしく話すから、ねず美ちゃんも外に出たいという思いが膨らんだのではないかと言います。

 黒ホッカくんはうちに来ても、ニャーニャー鳴いてゴハンをねだるようなことはしたことがありません。お行儀よく座って、外からガラス越しにこちらを見ているだけです。

 そんな控え目な猫なのに、ねず美ちゃんの最初の出産のとき、産んだ2匹の子猫が両方とも真っ黒だったので、「あれ? 黒ホッカくんが父親か?」と僕らが思っているところを突いて、「はい、私が婿です」とばかりに家に上がり込んで、まるで飼い猫のようにふるまったのは不思議でした。顔に葉っぱをくっ付けたまま入ってきて、窓辺でのんびりしている姿は、泰然自若としていてノラには見えませんでした。

鼻の頭に葉っぱを付けたままの黒ホッカくん。


 ところが、産まれた子猫が大きくなるにつれキジ柄が現れてきて、「あれ? やっぱり顔デカくんが父親か」ということになり、黒ホッカくんにはお引き取り願ったのですが、その後ねず美ちゃんが産んだ黒猫1匹と、タバサちゃんが産んだ黒猫1匹は、たぶん黒ホッカくんの子どもです。ねず美ちゃん3回目の出産で産まれた黒白の子は、明らかに黒ホッカくんの子どもです。

この子は絶対黒ホッカくんの子ども。


 おかしいのは、顔デカくんとの勢力差を反映したように、顔デカくんの子ども2に対して、黒ホッカくんの子ども1の割合で産まれていることです。

 黒ホッカくんと出会って5年目ぐらいになると、もうボロボロに年老いていました。口がただれていたので猫エイズだったかもしれません。

 弱った黒ホッカくんは、うちに上がり込んできてソファーで丸くなって寝ていました。それを見るといとおしい気持ちになりました。ねず美ちゃん、たびちゃん、タバサちゃんも、黒ホッカくんを受け入れているようだったので、このまま看取ることになるのかなぁと思っていたら、ねず美ちゃんが激しく拒否反応を示すようになりました。

 黒ホッカくんは病気に罹っていて、ねず美ちゃんは動物の勘でそれがわかって、うちにいてもらうと困ると思ったのかもしれません。唸り声を上げて拒否反応を示しました。可哀想だけどこれ以上は置いておけないということで、黒ホッカくんに出ていってもらいました。

 いまでもときどき、黒ホッカくんのことを思い出します。「ごめん、黒ホッカくん」という気持ちで。

第1回 マキ・キュー

第2回 猫の駆け引き

第3回 ネズミのような猫

第4回 黒ホッカおじさん

第5回 騒々しい庭

第6回 猫に話しかける

第7回 チーコ物語

第8回 猫の乗っ取り

第9回 ねず美ちゃんの母性

第10回 猫の癒し