テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.10.10

『リスクマネジメントの真髄』から学ぶ、その基本姿勢

 身のまわりに「安全」「安心」という言葉が溢れるようになったのは、最近、多くの人が何かしらの危険に対する不安が高まっているからではないでしょうか。なんであれ、不安を解消するためにはきちんと「リスク」を見極めることです。

 ここでは、そのためのポイントを、『リスクマネジメントの真髄ー現場・組織・社会の安全と安心』(井上欣三 編著、北田桃子・櫻井美奈 共著、成山堂書店)をもとに考えていきます。

リスクマネジメントの3つの基本姿勢

 4年ほど前、安倍首相が東京オリンピック招致の最終プレゼンテーションで福島第一原発事故に関して「アンダーコントロール」と発言したのはまだ記憶に新しいところですが、本当の意味でアンダーコントロールするためには、都合のいい「安心」「安全」を振りまくだけではなく、きちんとリスクマネジメントできていなくてはなりません。

 リスクマネジメントの基本姿勢は「危険を侮ってはいけない」「当事者意識をもつ」「危険を先読みする」の3つです。こうしたリスクに対する姿勢は私たちの日常生活や仕事において当てはまります。

プロ棋士に学ぶ「リスクの先読み」

 リスク・マネジメントの3つの基本姿勢のうち、「危険を先読みする」はすこし分かりづらいかもしれませんが、本書にはとても理解しやすい例が載っています。将棋のたとえです。

「プロの将棋の棋士は対戦相手の打ち手を想定しながら何通りもの駒の打ち手の組み合わせを先読みする」、「また、できるだけ多くの打ち手を手の内に宿して対局に臨む」、「このように棋士が負けるという危険を克服するために先読みの鍛錬に励む」ように、リスクマネジメントの実践者は「日頃から先読みの習慣を身につけてリスクに立ち向かう姿勢が望まれる」というわけです。

事故全体の7~8割がヒューマン・エラー

 「危険を侮ってはいけない」という点についてもすこし詳しく述べたいと思います。これは、人間の能力には限界があることを知るということでもあります。実は、事故全体の7~8割が、ヒューマン・エラーなどの人為的なミスから起こるといわれているのです。

 ヒューマンエラーの発生は「見違い」「聞き違い」などの知覚エラー、「記憶違い」「ど忘れ」などの記憶エラー、「憶測」「思い込み」「勘違い」などの判断エラー、「やり間違い」「やり残し」などの行動エラーの順番で起こります。

「うっかり」が減るマジカルナンバー

 上のようなエラーは、できるだけ防ぎたいものです。そのためのちょっとしたテクニックがあるので紹介します。

 認知心理学では、「記憶違い」「ど忘れ」などの記憶エラーには「マジカルナンバー」という方法が効果があるといわれているのです。マジカルナンバーは、人間が一度に短期記憶できる情報の数のことで、マジカルナンバー「4」が定説となっています。つまり、人間が一度に短期記憶できる情報の数は「3」か「4」、多くても「5」くらいというわけです。身近な例で言うと、マジカルナンバーは電話番号の表示方法に応用されています。電話番号は、03-XXXX-XXXXのように最大で4つのかたまりに分けて、直感的に分かりやすく記載しているのです。

リスクマネジメントの本質とは

 『リスクマネジメントの真髄ー現場・組織・社会の安全と安心』の編著者である井上欣三氏は、神戸大学大学院海事科学研究科の名誉教授。2002年、日本航海学会会長に就任し、現在は名誉会員となっています。また、2012年4月に西宮市に「Inoue 海事科学研究所」を開設し、海上交通工学、操船論、港湾計画に関する研究を行っています。ということで、本書は、船の操縦や海上交通など海事に関する事柄もいくつか取り上げられていますが、海事を知らなくても万人が共感し理解できるように丁寧な工夫が施されています。

 本書のあとがきにはリスクマネジメントの本質について、「リスクマネジメントの目先の技術ではなく、意識改革に基づく行動への姿勢」と記しています。「安全はみんなでつくるもの」です。誰か個人を批判したところで何も生み出しません。個人のリスクも、組織のリスクも、社会のリスクも、他人任せにせずに、「当事者意識をもつ」ことを忘れないようにしましょう。

<参考文献>
『リスクマネジメントの真髄ー現場・組織・社会の安全と安心』(井上欣三 編著、北田桃子・櫻井美奈 共著、成山堂書店)
https://www.seizando.co.jp/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1464

<関連サイト>
Inoue海事科学研究所(井上研究室)
http://www.sousenob.com/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

運と歴史~人は運で決まるか(1)ソクラテスが見舞われた「運」

歴史における「運」とはどういうものだろうか。例えば、富裕と貧困という問題について、「運」で決まるのか、あるいは「運」とは異なる努力、教養、道徳などの要素で決まるのかという点でも、思想家たちの考え方は分かれる。第1...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/18
山内昌之
東京大学名誉教授
2

多神教の日本と民主主義…議論の強化と予備選挙の導入を

多神教の日本と民主主義…議論の強化と予備選挙の導入を

民主主義の本質(4)日本の民主主義をいかに強化するか

民主主義の発展において、キリスト教のような一神教的な宗教の営みがその礎にあった。では、そうした宗教的背景をもたない日本で、民主主義を育てるにはどうしたらいいのか。人数が多ければ正しいというのは「ポピュリズム」の...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/04/16
橋爪大三郎
社会学者
3

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(3)インドネシアの成長とトルコの外交力

グローバル・サウスの中でも高度経済成長を遂げているのがインドネシアだ。長期のスカルノ時代とスハルト時代を経てその後に民主化が進んだ、東南アジアで最大のイスラム教国である。また、トルコは多国間に接する地理的特性と...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/17
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
4

ロシアによるウクライナ侵略で国際政治はどう変わったのか

ロシアによるウクライナ侵略で国際政治はどう変わったのか

ウクライナ侵略で一変した国際政治(1)歴史的経緯とNATOの存在

ロシアによるウクライナ侵略によって、国際政治は一変したといわれる。だが、具体的には何がどう変化したのか。この問題について大事なのは、両国のみならずヨーロッパとロシア、さらにアメリカも含めた各国の関係、その歴史的...
収録日:2022/05/10
追加日:2022/05/27
小原雅博
東京大学名誉教授
5

なぜ今「心理的安全性」なのか、注目を集める背景に迫る

なぜ今「心理的安全性」なのか、注目を集める背景に迫る

チームパフォーマンスを高める心理的安全性(1)心理的安全性が注目される理由

「心理的安全性」は近年もっとも注目されるビジネスバズワードの一つともいわれている。その背景には、コロナ禍におけるリモートワークの増大、社会全体が未来予測の難しい「VUCAの時代」に入ったことがある。職場環境が多様に...
収録日:2022/04/26
追加日:2022/07/23
青島未佳
一般社団法人チーム力開発研究所 理事