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DATE/ 2018.06.08

オーストラリアの歴史の鍵を握る妖獣

 オーストラリアに日本の河童や座敷わらしのような妖獣がいることを知っていますか。じつはこの幻の生き物、オーストラリアの近代史において重要な役割を果たしています。ここですこしオーストラリアの文化事情に分け入ってみましょう。海外旅行の役にも立つはず。

注意! 「アボリジニ」は差別用語

 オーストラリアはイギリスに植民地化される前まではアボリジナルの島でした。アボリジナルというのは、先住民アボリジニのことです。日本ではあまり知られていませんが、アボリジニは現地では差別用語とされていて、アボリジナルやアボリジニーズが一般的。このコラムでもアボリジナルと記します。

 そのオーストラリアには、先述した日本の河童や座敷わらしのような妖獣がおり、バニヤップといいます。バニヤップについては、『妖獣バニヤップの歴史 オーストラリア先住民と白人侵略者のあいだで』(藤川隆男著、刀水書房)という本にとても詳しく紹介されていますので、そちらを手掛かりにお伝えします。

 著者・藤川隆男氏は、大阪大学大学院文学研究科の教授で、専門はオーストラリア史。『人種差別の世界史―白人性とは何か?』(刀水書房)や『オーストラリアの歴史―多文化社会の歴史の可能性を探る 世界に出会う各国=地域史』(有斐閣)、『アニメで読む世界史』(上山益己・藤川隆男 編、山川出版社)といった書籍も手がけています。

オーストラリアの河童?

 バニヤップは一部のアボリジナルに伝わってきた水陸両生の幻の生きものです。イギリスの侵略が進むなかで、白人入植者の民話として取り入れられ、現在オーストラリアでは知らない人がいないというくらいに著名な童話のキャラクターになりました。文学作品や映像作品にもオーストラリア的なものの象徴として取り入れられています。

 バニヤップの童話は、ジェニー・ヴァグナー作の『バークリーズ・クリークのバニヤップ』に書かれています。残念ながら、日本語で読むことはできませんが、本書のロン・ブルックスの挿絵は「オーストラリアの原風景」になっているほど親しまれているのだそうです。姿形は別として水陸両生で国民的人気があるという点から、やはり日本の河童がイメージとしては近いと言えます。

バニヤップの奇跡

 バニヤップが興味深いのは、「先住民と入植者がお互いにこの語を他者の語として理解し、コミュニケーションの手段として使ったこと」で、広まり定着していったという点です。バニヤップという言葉はもともと一部の先住民しか使っていなかったため、入植者にとって未知の言葉だったことに加えて、実はその他の先住民のほとんどにとって未知の存在でした。

 バニヤップを通じた先住民と入植者の最初の出会いは、植民活動が落ち着き、入植者が先住民の文化に興味を抱き始めた頃でした。植民活動による暴力的な行為や感染症などが原因となって、現在アボリジナルの伝統的な姿はほとんど見ることができなくなりましたが、そうしたなかで、バニヤップのイメージが生き残り、オーストラリアのシンボルにまでなったことは、かなり奇跡に近いことだといえるのではないでしょうか。

 妖怪、妖獣、あるいはモンスター、キャラクターたちが見た目の可愛さとは裏腹に、その地の歴史にとって重要な鍵を握っていることも心にとどめておくべきでしょう。

<参考文献>
『妖獣バニヤップの歴史 オーストラリア先住民と白人侵略者のあいだで』(藤川隆男著、刀水書房
http://www.tousuishobou.com/rekisizensho/4-88708-431-5.htm

<関連サイト>
大阪大学西洋史学研究室ホームページ
http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/
(10MTV編集部)