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DATE/ 2018.07.11

史上最悪の英語政策!2020年大学入試改革の闇

大学入試を業者に丸投げ?!

 「大学入試の英語が4技能化」というニュースが、2017年7月に流れました。「ああ、あったあった」と思い当たる方はどれくらいいるでしょうか。あまり多くはないと思います。多くの人にとって「4技能化」はピンとこない言葉ですし、大学入試や英語教育にたずさわる人でさえ、何が変わるのかよくわからないという反応が多かった。それぐらい、大きな注目を集めなかったニュースだったのです。

 でも、これが実は大学入試を業者に丸投げにする「史上最悪の英語政策」だとしたら?その決定に当の利害関係者が「有識者」としてかかわっているとしたら?グレーな話題の続く文部科学省の管轄だけに、ザワザワと胸が騒ぐ人もあるのではないでしょうか。

 同年12月、この問題を強く訴え続ける東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授の阿部公彦氏は、そのものずばりのストレートなタイトルの本『史上最悪の英語政策-ウソだらけの「4技能」看板』を出版し、<4技能化>の政策決定を痛烈に批判。「日本の英語教育が危機的ゾーンに突入」とレッドカードを突きつけました。

 いったい、何がどう問題なのでしょうか。英語教育の観点と、政策決定プロセスの観点、2つの面から見ていきましょう。

「中高6年もやったのに話せない」は本当?

 まずは英語教育の観点から考えます。そもそも英語教育の「4技能」とは英語を「読み・書き・話し・聞く」能力のことです。「しかし、残念ながら今回の<4技能化>という看板にはほとんど実態がありません」と安倍氏は同書で指摘しています。というのも、これまでも英語教育でも4技能の視点は当然のように前提となっており、よく言われる「聞く・話す」ができていないという批判は的外れだというのです。

 とはいえ、実際問題、「中高6年も英語を勉強したのに話せない」という話はよく聞きます。というか、大多数の人がそうかもしれません。しかし、ここにもレトリックの盲点があると阿部氏。中高の英語の授業数は、かつての一般的な公立校なら週に3時間、多くて4~5時間だったはず。ある研究では、一年換算で年間通算わずか6日程度の計算になるそうです。体育よりは多いけれど、数学より少ないかもしれない。その程度の時間数です。では、小中高12年間の体育や数学(算数)の勉強が、どれだけ私たちの運動能力や数学の力を高めてくれたでしょう。それらと比較して「英語を6年間やった成果が低いといえるのか」と阿部氏。なるほどと納得できるロジックです。

 また、阿部氏は、スピーキング偏重の傾向も危ないと主張します。「習得には順序がある」とし、「英語習得の基礎となるべきはリスニング」、そして「ライティングこそは英語学習の最終到達地点」というわけです。ですが、いま政府が看板に掲げる「4技能」は、本当の意味での「4技能」ではなく、「他の技能を犠牲にしてスピーキング中心主義を導入するネオ4技能」であり、そこが看過できない大問題だということなのです。

利害関係者が政策決定プロセスに関与?

 次に、政策決定プロセスの観点から見てみましょう。冒頭でもふれたように、この「大学入試英語の4技能化」は大学入試を業者に丸投げにする仕組みづくりであり、しかもその決定には、当の利害関係者が「有識者」としてかかわっています。このことに阿部氏は強く憤っています。

 前述の『史上最悪の英語政策―ウソだらけの「4技能」看板』 には、この政策決定のもとにあった、外部試験の導入を検討する協議会のメンバー表(氏名・所属・肩書)が掲載されています。それを見ると、たしかに外部試験業者の部長や課長や研究員など、利害がからむ団体の人が複数入っていることがうかがえます。はたしてこれで多くの国民が納得できる議論ができるのかどうかという疑問がわいてきます。

 もうひとつ、たいへん興味深い指摘をしています。それは「TOEIC」の落とし穴とも言うべき、ある厳しい現実です。

 阿部氏は、TOEICの日本版公式サイトと、本国アメリカの英語版サイトを念入りに比較しました。その結果、ふたつのサイトで掲げられているポリシーに重大な相違点があることに気づきました。ここでは文言の詳細は省きますが、同書ではそれぞれの掲載文を引用して比較検証が行われており、要するに「英語版ではTOEICの役割を、明確に労働力の確保のためと銘打っている」のに対して、日本版サイトは、そこをオブラートにくるんでわかりにくくしているというのです。TOEICが「使える英語」を測るとして、「使える」の主語は企業や雇用主です。これが日本版サイトでは読み取りにくくなっているということです。そこには一体どんな意図があるのでしょう。

語学を学ぶことは、世界と出会うこと

 「私たちが教育を通して次の世代に受け継ぐべき最たるものは、言葉の持っているメディア性に対応するための感受性だと言えます。広い意味でのリテラシー(読み書き能力)です」。そもそも英語教育の真の目的は外国語スキルの習得以上に、言語力の深化を養うものだと信じる阿部氏にとって、今回の入試“改悪”は、「中学校高等学校で教えられる英語という科目を矮小化」することでもあり、どうしても許せないことだったのでしょう。

 同書のあとがきに、こんな一節があります。「私たちの知の土台となる根源的な読解力。日本の中等教育は世界に類を見ないほどの高いレベルでこの能力を養成してきました。ヨーロッパの国々で、日本のいわゆる『中レベルの教育』が垂涎の的になっていることはよく知られています」。この本を書いた阿部氏は、それが奪われようとしていることへの強い憤りを感じているということです。

 なお、版元のひつじ書房は、ことばや言語その研究にこだわりをもつ出版社で、専門書・学術書を中心にさまざまな切り口の書籍を刊行する言語学の出版社。『英語教育、迫り来る破綻』『学校英語教育は何のため?』『英語だけの外国語教育は失敗する』など、批判精神のある類書を多数刊行しています。今回の『史上最悪の英語政策―ウソだらけの「4技能」看板』緊急出版も、同社の編集者が阿部氏の意見に賛同して打診したことから決まったとのこと。

 世界を読み解き、自分で考える思考力を奪おうとする「教育改革」に、警鐘を鳴らす阿部さんとひつじ書房。もしあなたにこれから大学受験をするお子さんがいるとしたら、あなたはわが子にどんな語学教育を受けさせたいですか。

<参考文献>
『史上最悪の英語政策―ウソだらけの「4技能」看板』(阿部公彦著、(ひつじ書房)
http://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-89476-912-0.htm

<関連サイト>
阿部公彦研究室
http://abemasahiko.my.coocan.jp/
(10MTV編集部)