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DATE/ 2015.04.28

批判や悪口を「ありがたい」と思える度量に学ぶ

世の中に、「ワンマン社長」「独裁者」と呼ばれるリーダーは数多い。しかし、自分に楯突く者を許さないどころか、批判さえシャットアウトするトップの率いる組織は、流動性を欠いて沈滞し、やがて滅びる。

『裸の王様』を避け通した松下幸之助

 それをいさめたのが、古くはギリシア神話の「王様の耳はロバの耳」であり、アンデルセンの『裸の王様』だろう。

 日本でも「金言耳に逆らう」のことわざが、「良薬口に苦し」と並んで大事にされてきた。浮沈の激しいビジネス界では、松下幸之助のストレートな言葉、「批判してくれる人は大事にせんとあかん」が有名だ。

批判する相手をわざわざ招いた幸之助

 幸之助翁の晩年23年を秘書として仕えた江口克彦氏は、PHP研究所社長の経歴もある現役参議院議員だが、翁が批判者を大切にし、わざわざ招いて意見を乞うたエピソードを紹介している。

 なかでも忘れがたいのは、政財界人と幅広い交流のあった臨済宗大徳寺派顧問、立花大亀師との交流だ。

「言いたい放題」の禅僧を真々庵へ

 大亀老師は、権力を持つ人々への「言いたい放題」がかえって人気を呼ぶタイプの禅僧だった。2005年に105歳の長寿を全うするが、その頃はあちこちで松下批判を行っていた。

 江口秘書(当時)は苦々しく思うことも多かったが、ある時幸之助翁から「今度、大亀さんと食事しようと思うんや。連絡取ってくれ」と命じられ、京都の真々庵(幸之助翁が思索のために所有した南禅寺近くの別邸)に瓢亭の弁当を準備して場をしつらえる。「君も一緒にどうや」と幸之助翁に誘われ、江口秘書は会食の様子をつぶさに見聞することができた。

「他にありませんか」

 雑談が一段落すると幸之助翁は、商売をしていると注意が行き届かない点もあるので、教えてほしいと頭を下げた。大亀老師はここぞとばかり、露骨な批判の言葉を浴びせにかかる。幸之助翁は事実と反することもあるのに一つも逆らわず、ただ「そうですか」と、おとなしくご意見を拝聴するのみだ。

 代わりに反論したくなる江口秘書にとって針のムシロのような1時間が過ぎると、幸之助翁は言った。「それは私も気をつけんとあきまへんな。他にまだありませんか」大亀老師はここまで批判した手前、あれもこれも、と重箱の隅をつつく。

「松下さんは、偉い」の重み

 さらに30分が経ち、さすがに批判も品切れになった頃、「教えていただいたことは、心に留めておきますわ。まだ、ないですか」と幸之助翁。大亀老師は困惑の態で、世間話に戻っていった。

 帰り際、幸之助翁と玄関で別れて門までの30秒ほどの間に、大亀老師は江口秘書に告げる。「松下さんは、偉い。こんな偉い人はおらんよ、あんた」以後、大亀老師の松下批判はピタリと止まった。

言ってスッキリ、聞いて役に立つ

 「良薬口に苦し」を知らない日本人はいないだろうが、実際に服用できる人は一握りだ。それが松下幸之助の素晴らしい魅力の秘密だったろう。しかし、面前で批判をぶつけた相手(大亀老の他にも何人もいた)も、うっぷんを晴らしてさぞスッキリしたに違いない、と江口氏は50年前を振り返るのである。

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