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DATE/ 2016.03.28
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1週間限定の桜回廊!大阪・造幣局の「桜の通り抜け」がスゴイ!

●大阪に1週間限定、禁断の花見エリアがある


 春、いよいよ今年も桜のシーズンがやってきました。みなさん、今年のお花見の予定はもうバッチリでしょうか?

 東京なら上野公園、隅田川、千鳥ヶ淵に目黒川、関西なら大阪城公園に京都・円山公園、嵐山に奈良・吉野と、桜の名所は全国に数多くありますが、大阪・造幣局の「桜の通り抜け」(大阪市北区)のスゴさはひと味ちがいます。

 というのも、桜といえば、普通はソメイヨシノですが、ここはほとんどが八重桜。ソメイヨシノより1~2週間ほど後に見ごろを迎える大輪の八重桜がわずか数百メートルの通り抜け路の両側にびっしりと植えられており、通路はまさしく花のトンネル。一輪に20枚もの花びらをつける楊貴妃(ようきひ)、黄緑色の花をつける御衣黄(ぎょいこう)、また、たくさんの花が手鞠(まり)のようになる大手鞠・小手鞠など、ほかでは見られない珍種をふくめ、130種以上、約350本の桜が咲き誇ります。

 この圧巻の桜回廊、実は造幣局の構内にあり、通常は一般人が入ることはできません。それが、毎年4月中旬の開花期にあわせて一般花見客のために1週間だけ無料開放されるようになりました。なんと130年ほども前のことです。その背景には、ある幕末の志士のあっぱれな心意気がありました。

●元長州志士の心意気から始まった春の風物詩


 その秘話を教えてくれるのは、歴史学者で東京大学名誉教授の山内昌之先生です。専門は中東・イスラムや国際関係史ですが、日本にも世界にも詳しい碩学の士で、著書も多数。また、研究・教育だけでなく、内閣官房や外務省等の審議会や研究会の委員も歴任するなど、歴史を過去のものに終わらせず現代に生かす深い知恵を持つ先生なのです。

 その山内先生がオピニオン講話の中で、明治初期の大阪で本当にあった、こんなホットなエピソードを語っています。

 「桜の通り抜け」の始まりは、先述したとおり、およそ130年前の明治16(1883)年。当時の造幣局長だった遠藤謹助(きんすけ)という人物が、「局員だけの花見ではもったいない。市民とともに楽しもうではないか」と言って、構内の桜並木を一般の大阪市民に開放しました。遠藤は元長州藩出身の志士で、幕末のころ、伊藤博文らとともにイギリスに密航した、いわゆる「長州ファイブ」の5人のうちの1人。現地で造幣技術を学んで帰国した遠藤は、日本の近代化を支えました。その彼の心意気が生んだ「桜の通り抜け」。今では、すっかりなにわの春の風物詩として定着し、大阪の文化のひとつともなっています。

 今年の「桜の通り抜け」は、2016年4月8日(金)から14日(木)までの7日間。平日は午前10時から午後9時まで、土曜・日曜は午前9時から午後9時まで開放され、日没後はぼんぼりなどでライトアップされて、また格別の美しさ。最寄り駅の京阪「天満橋」駅またはJR大阪環状線「桜宮」駅からの道中にあたる大川(旧淀川)沿いには屋台がズラリと並び、これもまた花見客の楽しみになっています。

<参考サイト>
・独立行政法人 造幣局:平成28年:桜の通り抜けのお知らせ
http://www.mint.go.jp/enjoy/toorinuke/sakura-osaka2016.html

(10MTV編集部)