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DATE/ 2017.01.21
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「ポスト真実」社会の教訓-トランプ勝利とブレグジット

●2016年イギリス版流行語大賞“post-truth”


 日本では2016年の流行語大賞に「神ってる」が選ばれましたが、イギリスでは2016年に「最も注目された言葉」が発表され、“post-truth” が選ばれました。これは、Oxford Dictionariesが世界の変動を表す言葉として選定したもので、「ポスト真実」、つまり客観的な事実や真実が重視されない時代を意味しています。加えて、“Post-Truth Politics”という言葉も頻繁に聞かれるようになりました。

 そこで、政治学者で慶應義塾大学大学院教授の曽根泰教氏に、この“post-truth”について、その背景や、今後“post-truth”社会にどのように向かっていくべきかなどについて、伺ってみました。

●トランプ発言は“post-truth”のオンパレード


 “post-truth”という言葉が注目された理由の一つは、もちろんドナルド・トランプ氏にあります。トランプ氏の言いたい放題、思いつき発言は、事実の裏付け、裏取りのない情報、“post-truth”のオンパレードでしたから。

 truth(真実、客観的な事実)が提供する知識は、真か偽か、時に役に立つか立たないか、面白いか面白くないか、といった価値を伴うものですが、トランプ氏はこのtruthを話題性、エンターテイメントとして「面白いか面白くないか」を巧みに察知し、まさに“post-truth”的発言を露出し続けました。たとえば、本当に実施できるのかどうかといった検討はしないまま「不法移民に対する防御策として、メキシコとの国境に万里の長城級の壁をつくる」と言ったり、「オバマ大統領はアメリカ生まれではない」と繰り返し発言したり(その後、アメリカ生まれだと確認されました)したことです。

 そして、多くの人々がこうした“post-truth”的なトランプ氏の発言を、「面白がって」取り上げ、「次は何を言いだすだろう」と期待をし、時に支持をしました。

●“post-truth”が運命を左右したBrexit


 しかし、事はもっと深刻です。“post-truth”をめぐる問題は、2016年6月に行われたイギリスのEU離脱(Brexit)に関する国民投票で起こっていたのです。この時はまさに“post-truth”、つまり事実の裏取りがないまま情報だけが独り歩きし、国の運命を左右してしまった、といっても過言ではありません。

 国民投票に際して、離脱派は「イギリスはEUに週当たり3億5千ポンド(約440円億円、当時)を拠出している」と主張し、これを記したバスを全国に走らせるという一大キャンペーンを繰り広げました。「EUを離脱すれば、拠出金分を財政難の国民保険サービスに充当できる」という論法で、多くの人々に訴えかけ、結果としてイギリスのEU離脱が決定したのでした。

 しかし、実際には「拠出金からの払い戻しが相当額ある」にもかかわらず、その事実を無視して国民投票にいたってしまったのです。その後、離脱派で英国独立党(UKIP)党首であるナイジェル・ファラージ氏がテレビでキャンペーンの間違いを認めたのですが、時すでに遅し、でした。

 曽根氏はこのことについて、こう語っています。「拠出だけではなく戻ってくる額、つまり払い戻しのリベート分をなぜ議論しなかったのか。そのことが、メディアも政党も、あるいは国民も、今後の“post-truth”社会において重要なポイントの一つだ」

●ネットにのって“post-truth”が拡散


 今、ネットの世界では裏の取れていない情報、すなわち“post-truth”が世界中を駆け巡っています。トランプ氏が好んで用いるメディアはツイッターで、現在でも、ほぼ毎日トランプ氏の発言がツイッターで流れています。もちろんその全てが“post-truth”とはいいませんが、一度配信された情報が事実の裏付けがない“post-truth”だとしても、シェア、拡散という形をとれば、あっという間に世界中に広がっていくのです。新聞を読まない人が多くなっているといわれる現在、この状況は、まるでネットメディアが新聞、あるいはテレビといった従来型メディアを食いつぶしていくかのようです。


●“post-truth”現象の進行を食い止めるための仕組みづくりを


 曽根氏は、こうしたグローバルレベルで見られる“post-truth”現象の進行を食い止めるための仕組みをいち早くつくらなければいけない、と述べています。そのためには、何よりも情報の背後にある事実の裏付に関心を持つことが重要です。そういう意味では、今後は、事実を調べて裏付け、裏取りをするジャーナリストや評論家、コメンテーターの役割が、非常に大きくなってくるでしょう。そして、私たちは“post-truth”社会に向かっていくため、アメリカやイギリスの先例をいい薬としなければなりません。


(10MTV編集部)