●生まれた時から「発酵」だった
皆さん、こんにちは。私は、発酵学を専攻にしております発酵学者の小泉武夫です。
私は生まれた時から「発酵」でして、実家が造り酒屋ですので、それで生業を立ててきた家に育った人間です。ですから、お酒だけではなく、みそや漬物も自分の家で造っていました。本当に発酵そのものの家でしたね。
発酵については、一般の人に聞くと「みそ、しょうゆ、お酒、納豆、ヨーグルト、お酢、チーズ」あたりが出てくると思います。しかし、発酵産業は発酵食品だけではありません。むしろ、発酵の産業は食品の分野より大きいものが非常に多いのです。
ただ、発酵は目に見えない微生物がやっていて、どちらかというとハードではなくソフトの仕事なものですから、あまりみんな目立たないわけです。ところがいま、発酵はものすごい勢いで伸びています。
例えば、これは10月20日号(10月6日発売)の『財界』という雑誌です。表紙には、財界人ではない私が出ています。何かというと、財界も発酵に注目し始めている。発酵が日本の産業を支え始めたということで、『財界』が特集を組むというようなことになってきたわけです。
●発酵は何十兆円の規模を持つ大きな世界
私はずっと発酵の研究をやってきましたが、日本の国民は発酵の世界をいままで本当に知りませんでした。私が初めて発酵の大切さを話したのは、NHKの教育テレビでした。10年以上前になりますが、NHK人間講座で1カ月お話ししました。
それから、発酵という世界が皆さんに分かってきたわけです。そこで、いまなぜ『財界』が取り上げるのかというと、いまの発酵産業の総売上が何十兆円にも達しているからです。
意外に思われるかもしれませんが、例えばビール。キリンビールやアサヒビール、サントリーのような大きなところが「大手5社」と呼ばれています。おそらく5兆円ぐらいはいっているのではないでしょうか。
また、全国に1000社ぐらいある造り酒屋さんやおみそ屋さん、さらに全国のパン屋さんの売上も入ってきます。パンは、山崎製パン、フジパンなど、大きな会社が多いですね。それから、ミツカンを中心とした全国のお酢屋さんがあります。そして、おみそ屋さん。これも、マルコメなどいろいろな会社があります。さらにおしょうゆでもキッコーマンを中心に、大小の会社がある。
これら全てが発酵食品ですし、漬物屋さんも忘れてはいけません。このように発酵の食品産業は非常に大きいのです。
●医薬品の領域は、発酵なしでは回らない?
ところが、いま言った食品よりもさらに大きな分野があります。それは何かというと、発酵でつくる医薬品です。非常に大きな世界なのです。その中でどんなところを発酵は受け持っているのか。例えば、手術をして悪い部分を摘出する技術が発達したため、平均寿命が飛躍的に延び人間が100歳近くまで生きられるようになったわけですが、それも発酵の技術がないとできません。
いくら素晴らしい麻酔薬があって、手術しているときは痛くなくても、(発酵がなければ)手術が終わった途端に、切ったところが膿み、肺炎になって死んでしまいます。なぜ手術ができるのかというと、発酵産業の中の医薬品の一つに抗生物質というものがあるからです。抗生物質を投与してからでないと、手術はできません。これは非常に大きな世界です。
抗生物質だけではなく、発酵の関わる医薬品の分野はとても多くて、ほとんどがそうと言ってもよいぐらいです。中でも制がん剤は大きいです。皆さんは初めて聞かれるかもしれませんが、制がん剤の分野における発酵はすごい勢いで伸びています。さらに、ビタミンやホルモン、点滴用のアミノ酸なども、全て発酵によってつくるわけです。
●アミノ酸をはじめとする通販にも参入できる発酵パワー
ですから、発酵によって非常に大きな業績を上げている会社が味の素ですね。これはもう、全てのアミノ酸は発酵によってつくるわけですから当然です。
発酵では、人間の医薬品用のアミノ酸もつくれるし、食料用のアミノ酸もつくれます。さらに、皆さんがあまり知らないところでは、牛や鶏に与える飼料。その中に栄養強化のために入れるアミノ酸も、すべて発酵の産物です。そういうことを言っていくと、発酵というのは本当に大きな世界なのです。
医薬の分野では、協和発酵や三共といった製薬会社などがどんどん合併などを繰り返していますが、その中でも発酵部門は大きくなっています。そして、これまで発酵とはあまり関係がないといわれていたライオンや花王なども、どんどん参入してきています。
そのように、発酵の世界には日本の大手企業が顔をそろえています。しかも現在、通販の分野にも、アミノ酸をはじめとする発酵関連が...