●「戦争が日常」という中東の現実
皆さん、こんにちは。
現在の社会情勢は、中東、ウクライナなどを中心に混迷を極めているどころか、現実に戦争が行われているのが現状です。私たちは、江戸時代270年の歴史を通して国を閉ざし、しかしながら、そこで「パクス・トクガワーナ(徳川の平和)」ともいうべき未曽有の平和状態を経験してきました。その後、昭和10年代前後の15年ほどを例外として、日本はどちらかというと一国平和主義に徹し、平和であることが普通であるという状態に、誠に幸せなことに、日本人は慣れてきました。しかし、日本人として現在の中東を見るとき、困惑し、かつ時には幻滅する機会になることは、すでに皆さん自身も経験したことが多いのではないかと思います。
中東では、大きな戦争が度々行われています。イスラエル対アラブという構造で考えてみても、4回にわたる中東戦争。米欧、特にアメリカによって外から持ち込まれた戦争ともいうべき湾岸戦争とイラク戦争。そして、大規模なものだけで、レバノン戦争と呼ばれるものは2回もあり、かつパレスチナ自治区のガザをめぐるイスラエルとパレスチナのイスラム過激派組織ハマスとの間の事実上の戦争であるガザ戦争も2回にわたって行われています。
こういう中東においては、戦争や戦火を日常的に経験しているという不幸な現実があります。特にアラブの市民の目から世界を見ると、大変残念なことに、そこには日本人とはまったく異質のものが浮かび上がってきます。つまり、中東では戦争こそが日常であり、平和は非日常であるという、すこぶる権謀術策に富んだ、言ってしまえばマキャベリズムの渦巻く遺憾な現実が存在するということです。
●米欧に勢力を拡大する非国家テロ組織
モダン(近代)あるいは近代を原理とするモノの考え方のモダニズムが、自由や人権、民主主義という意味を失ったかのように思われる時代、あるいはそうした成立条件が失われた時代を仮に「ポストモダン」と呼ぶと、現在、私たちはこのポストモダンの時代において、誠に不幸な戦争や争いが繰り広げられているのを見ることができます。
モダンといえば、「プレモダン」という言葉があります。つまり前近代です。そして、モダンがあり、ポストモダンがあるのです。中東の歴史と政治が、現在皆さんがご覧になるように、すこぶる複雑であり、時に不可解であるのは、この地域において、プレモダン(前近代)から、モダン(近代)、そしてポストモダン(近代以降)ともいうべき三つの原理が非常に複雑にもつれ合い、異なる原理や成果が絡み合っているという点にあります。
しかも、そこでは、戦争を究極形態とする国家と国家という国家間の争いもさることながら、中東では、国家以上に力をつけた、そして国家主権に挑戦している非国家主体(その極端なものはテロ組織)が、ISのように戦線や戦域をヨーロッパやアフリカにも拡大しており、拡大の予兆は、北米にも見られるということです。
●現在の緊張状態は「第二次冷戦」
ここで、別の話題から話に入りたいと思います。最初に、古いトルコのことわざを紹介します。それは、「ひどく興奮した2人の男でも、差し向かいになると、自分の棍棒を相手の目から隠してしまう」ということわざです。このトルコのことわざは、トルコ軍によるロシア機撃墜事件によってにわかに緊張したロシアとトルコの関係を解決するべき、2人のカリスマ政治家に対する国際世論の期待、つまり、早くこの危機を解決して、戦争などに発展しないようにという人々の願いをさながら暗喩しているかのように思われます。
しかし、ウラジーミル・プーチン大統領には、ロマノフ朝というユーラシアにまたがった大帝国と、同じくユーラシアにまたがってそれを継承したソビエト連邦という、国家の伝統を継承するユーラシアの統治者としての自負があります。また、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領には、ヨーロッパ、アジア、アフリカという3つの大陸を支配し、かつ、黒海、地中海、そしてペルシャ湾や紅海からつながっていくインド洋というこの3つの海を支配したオスマン帝国の中心でもあったシリアという国の統治や経営に対する責任や自覚が消えていません。この両者の対立は、今後も楽観を許さないものがあります。
ロシアによって2008年にグルジアとの間に戦争が行われたことは、記憶に新しいところです。この2008年のグルジア戦争から2014年のクリミア併合によって深まった緊張に満ちた歴史的局面は、シリア戦争でますます深まっていると言わなければなりません。この状態を、私は「第二次冷戦」と定義していますが、この第二次冷戦ともいうべき事態をもたらしたのは、東欧や中欧から中東にいたる、ユーラシア西部におけるアメ...