●将来のリスクをいまのコストとして考えることの難しさ
―― 前回の講義に続き、地球温暖化に対するリスクとコストについて
住 温暖化に関するリスクについては、現在いろいろな形で推定をしています。予想できるリスクの可能性を列挙するのは割と簡単ですが、経済的なコストとして量的に表現していくのはなかなか大変だ、というのが実際のところです。
いろいろな意味合いで比較しながらコストを算出する難しさがありますし、具体的にどうするのかの(問題もある)。
例えば災害の場合では、現実にいま起きた災害に関する被害推定額を想定して、それをコストとしています。ですから、現在の災害コストから今後は何パーセントぐらい増えていくという話は割にしやすい。ここで一番問題なのは、将来に起きる災害に対してコストが発生するのは現在なので、時間的にズレが生じることです。
それが地球温暖化と将来に起きることという点でも、やはり問題になっているわけです。
●将来の価値を現在に換算する「割引率」の問題
住 そこで、「スターン・レビュー(気候変動の経済学、2006年発表)」で有名になった「割引率」という概念が出てきます。将来的な支払額の価値を現在価値でいくらに見積もるのかという話です。
この割引率が数パーセントもの大きさになってしまうと、将来のプラスもマイナスも、現在において操作できる数字ではなくなります。また逆に、いまお金を使わないことの方が、将来的に大きな価値につながります。そうしたことが、いまや一番大きな問題になっています。
温暖化対策の問題にしても、「将来世代に対する責任」ということがよくいわれます。結局はいまの問題ではなく、将来の子供や孫の時代、ひいてはその先の世代に対する責任を、現在のわれわれがどう取るのかという問題なのです。
このことは、まさに判断一つで変わる問題です。将来のコストを割に安くというか、リスクは大きくないと見積もる人は、いまお金を払うことを高いと感じるでしょう。将来の被害が深刻になるだろうと考える人は、やはりいまのうちに少しでも払っておいた方がいいと感じます。そういう問題なのだと思います。
ですから、割引率をどうするのかということは、理論的に答えが出ていません。(割引率は)現行金利に基づいて算出されるのですが、いまのようにゼロ金利が続いていくとは限りません。インフレターゲットでどんどん金利が上がっていく場合には、将来の価値はどんどん安くなるわけです。そのあたりがやはり大きな問題なのです。
●経済的に評価できない価値をどうするのか
住 さらに、それと並ぶ大きな問題があります。現在もそうなのですが、経済的に評価のできない大事なものがたくさんあるということで、その代表例が生態系だといわれています。森や林、美しいビーチなどはどうやって測るべきなのかということが、「生態系の経済的価値」という言い方で議論されています。
普通はどうするのかというと、美しい自然のある景勝地へどれだけの観光客がやって来て、いくらのお金を落としていくから、それだけの価値があるというような言い方をする場合があります。しかし、それも少し下品な感じがしていて、そういうものだろうかと疑問に感じます。では、お金を払わないとなった場合、価値はゼロかというと、そんなことはない。
自然だけでなく文化的な伝統などいろいろなものがそうです。非常に価値があるけれど、お金は支払われない。しかし、「一銭の価値もないのか」となると、それは違う。そのあたりのところが、いま大きな議論になっています。
しかし、お金以外の尺度はあるのだろうかということも大問題です。例えば趣味の世界でも、リンゴがいいかミカンがいいかといった価値観につながってくるために、なかなか決まりようがない。やはり結局は「リンゴはいくらで、こちらはいくら」と値段の軽重を付ける。そうすれば定量的判断ができるという意味で、経済は一つのメジャーになるわけです。
現実的で合理的な判断の基準にはなるのですが、そこに至るプロセスをどうするのかがまた大きな問題で、それはまだ解けていないと思います。
●「対策するコスト」と「対策しないことのコスト」の比較
―― 地球温暖化問題に「対策するコスト」と「対策しないコスト」について
住 明らかにリスクが存在するとしても、その起こる確率はいろいろ違うということです。一般的には、リスクの被害よりもコストが少なければ、やはり行なう方がいい。コストが非常に大きい場合には、それはやめて別のことをした方がいいということです。
これは明らかに確率の問題です。リスクがあるからといろいろなものに対して過剰な準備をしてしまうと、現実的にはお金の掛け過ぎになる場合がある。...