●ヒトを総合的に科学する「自然人類学」という学問
総合研究大学院大学の長谷川眞理子です。今日は、私が専門としている人類(人間)の進化から考えたときに、今の私たちの暮らしや社会のあり方がどういうふうに見えるかということを話したいと思います。
「自然人類学」という学問は、生物学の中で私たちヒトという生き物がどのように進化してきたのかを探る学問で、世界にいろいろな文化があることを調べる「文化人類学」とは違います。ヒトという動物である私たちの体や脳の働きが、どのような背景によって進化してきたのかを探る学問なのです。
ですから、現在の私たちの体のつくりについての解剖学的なことをよく知らなくてはいけません。また、心の話になると、脳の働き方や脳と言語の関係などの認知科学や心理学方面のことも知る必要があります。さらに最近では、遺伝子の解析が非常に進んできました。私たちの遺伝子が過去の進化をどのようにとどめているのかについて、いろいろな生き物の遺伝子と比較すると、私たちがどこから来て、どういう生き物と近いのかということがよく分かるようになってきました。そのような全てのことを総合的に重ねて、ヒトを科学する。そのような感じで、「人類学」というものを捉えていただければと思います。
●チンパンジーとヒトは600万年前に分かれた
私たちヒトを「ホモ・サピエンス」といいますが、ホモ・サピエンスはサルの仲間です。私たちはサルの中の「霊長類」に属し、チンパンジーやゴリラなど「大型類人猿」と呼ばれるグループに最も近い。そして、遺伝子で分かってきた事実によると、私たちと一番近いのはチンパンジーです。
チンパンジーとヒトは、600万年ぐらい前に分かれました。それまでヒトとチンパンジーは同じ動物だったのですが、そこから別の道を歩み始めたのが600万年前なのです。さらにさかのぼると、900万年ぐらい前にゴリラが分かれました。さらにさかのぼると、1500万年ぐらい前にオランウータンが分かれました。さらにさかのぼって、2000万年ぐらい前になると、テナガザルが分かれています。
図に描くと、このようになります。
サルの仲間がいて、いろいろな共通祖先がおり、2000万年前にテナガザルが別の道を歩み始めます。その後には残りの動物たち(の共通祖先)がいたのですが、その中から1500万年ぐらい前にオランウータンが別の道をまた歩み始めました。そこから、また共通祖先がいるのですが、900万年ぐらい前にはゴリラが別の道を歩み始めました。その後、600万年前まで私たちとチンパンジーは同じ動物だったのですが、600万年前にチンパンジーと私たちが別の道を歩み始めました。
こういうことになりますので、現在地球上にいるさまざまな動物の中で、私たちに最も近いのはチンパンジーです。
●チンパンジーから一番近いのはヒトかゴリラか
では、チンパンジーの立場から見てみると、自分たちにも最も近いのは、ゴリラでしょうか、人間でしょうか。これは、私たち人間であって、ゴリラではありません。
ゴリラは、900万年前に別の道を歩んで今に至ります。そこから先はチンパンジーと人間の共通祖先というものがずっと歩んできて、600万年前に初めてヒトとチンパンジーが分かれました。ゴリラの方は900万年前からすでにもう私たちともチンパンジーとも違う道を歩んでいるので、チンパンジーの立場から見ても、一番近いのはヒトであって、ゴリラではないのです。
このように見ると、「じゃあ、どうしてゴリラとチンパンジーは動物園の檻の中にいて、私たちは檻の外のこっち側から彼らを見ているのだろう」という疑問も湧くのですが、これは不公平と言えば不公平なことでもあります。ともあれ、そのような意味で、遺伝的・動物的には、ヒトと一番近いのはチンパンジーで、チンパンジーにとっても一番近いのは、私たちヒトなのです。
600万年前から、私たちは今のようなヒトに至る別の道筋を歩み始めました。場所はアフリカで、私たちの祖先はアフリカで進化しました。600万年前に分かれたとは言っても、その頃の私たちの体はこういう体ではなく、非常にチンパンジーに近いような生き物でした。
●アフリカで始まった「ホモ属」の進化
250万年ぐらい前に、今の体つきに非常に似た生き物が出てきます。私たちのように「ホモ・サピエンス」ではないものの、「ホモ」のつく「ホモ属」という生き物が、250万年ぐらい前のアフリカに出現しました。その中で一番有名なのが「ホモ・エレクトス」で、「北京原人」や「ジャワ原人」などの化石で有名です。
「ホモ・エレクトス」は初めてアフリカを出て、ユーラシア大陸に広がりました。北京原人やジャワ原人と名前がつ...