●オールジャパンで取り組んだTPP交渉
2番目のご質問の、TPPに戻りましょう。日本にとってTPPは、まさにオバマ政権のリバランシングに応えるものでした。これによって、この地域におけるアメリカのステーク(利害)を単に高めただけではありません。日本が交渉に入ることで、アメリカだけで他の国と交渉していたら、おそらくアメリカに取られていたようなさまざまな問題についても、日本がそれなりにバランスを取って、他の多くの参加国にとっても利益になるような交渉にしました。その意味で私は、TPPは非常に良かったと思います。
同時に、それ以前のFTA(Free Trade Agreement、自由貿易協定)交渉と決定的に違うのは、官邸にTPP本部が設置され、初めてオールジャパンで交渉したことです。あれはすごく大事ですね。例えば、私は、日・ASEANのFTAの時に、交渉の場を何度か見せてもらったのですが、経済産業省の人と農林水産省の人が全然違うことを言っていて、「これは何なのだ」と思った記憶があります。
しかし、TPPは全くそうではなく、あくまでも日本政府として交渉しているというスタンスでした。あれはものすごく良かったし、ああいうことが一度できたことで、これから日本の対外経済政策は、一本筋の通ったものになるのではないかと思います。そういう意味で、私は最初からTPPの交渉参加に賛成でしたし、結果的にも良かったと思います。国民の間にはずいぶん懸念があったと思いますが、結局その懸念のほとんどは根拠のないものでした。実際、今になってみると誰も何も言わないという感じですね。
●「踊り場」段階にあるASEAN経済共同体
ではこれが、東南アジアにとってはどういう意味があるか。ご承知の通り、昨年(2015年)末にASEAN共同体ができています。これは日本では、経済共同体のことしかほとんど伝えられないのですが、実は安全保障共同体、社会文化共同体、そして経済共同体の三つがあるのですね。
社会文化共同体というのはリップサービスで、ほとんど資金もないですし、大して何もやっていません。安全保障共同体は、南シナ海の問題を扱うもので、ほぼ最低限の合意です。ということは要するに、南シナ海における行動規範の策定以上のことは今、何もできませんし、それ以上の合意をつくろうとすると、中国が介入してくるはずなので、それもできない。そのため、実は安全保障共同体も事実上できないということです。
そうすると、経済共同体だけになります。ともかく経済共同体を真面目にやろうということで、一応できました。では、この経済共同体とは何か。自由化するときに自由化できるものとは、結局、人と資本、つまりサービスとモノです。そうすると、モノについては、品目で見ますと99パーセント関税が撤廃できているので、FTAは締結できました。後発の4カ国(ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア)についても、2018年にはできます。ですから、関税削減ということで見る限り、モノの自由化、財の貿易の自由化はできましたが、非関税障壁ができていません。
それからサービスの自由化には、やはりいろいろな例外事項が数多くあり、事実上30パーセントほどしかできていません。さらに人の移動については、ますますできていないのです。ということで、結局、かなり質のいいFTAだというのが、実はASEAN経済共同体なのですね。
そして、ここから先が非常に難しい。非関税障壁にしてもサービスにしても、まして人の移動にしても、国内的な法律を変えていかなければいけません。これは、それぞれの国がどのくらい強い意思を持ってやれるかということになります。そこで、自分の国はどうなのかと思っているようでは、それはできないのです。その意味で私は、ASEAN経済共同体は、今「踊り場」に入っている状態だと思います。これから数年は、そういう踊り場状態が続くのではないかと思います。これが一点目です。
●ASEAN加盟国にとってのTPPの意味とは
ではその中で、TPPというのはどういう意味を持つのか。4カ国(シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム)は既に入ったわけですね。シンガポールとブルネイは、少し違う国ですから別として、興味深いのはマレーシアとベトナムです。
インドネシアやタイの大臣クラスの人と話をしていると、彼らはベトナムを非常によく見ています。TPPにベトナムが入ることで「ひょっとしたら、うちに来たかもしれない直接投資が、向こうに行ってしまった」と言います。明らかに、TPPに入らないマイナスが見えるようになったのですね。だから、TPPに入ると言っているのです。そうやって、フィリピンとタイとインドネシア、そして韓国もですが、...