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「山の老人」に由来するアサシンと現代のテロリストの違い

「テロ」とは何か(3)長期の理想より目の前の危機対策

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
歴史学者・山内昌之氏が、日本にとっても世界にとっても早急に向き合うべき問題として「テロとは何か」を解説する。山内氏が着目したのは、歴史上に見る中世の暗殺集団アサシンと現代のテロリストの違いだ。テロという特異な殺害行為について、歴史的視点を交えて考える。(全4話中第3話)
時間:10:17
収録日:2016/04/05
追加日:2016/05/02
≪全文≫

●「山の老人」に操られた中世のアサシンたち


 皆さん、こんにちは。

 欧州と中東にまたがる複合危機を生み出しているテロと戦争の問題は、グローバルな危機になる可能性を秘めている、あるいは、既にそうした方向に向かっている危険性さえあります。その中で、こうしたテロや戦争の当事者たちは、一体いかなる存在なのかということについて、少し解釈を試みてみたいと思います。

 欧米の学者の中には、彼らを「アサシン(Assassin)」と呼ぶ人がいます。アサシンとは英語で「暗殺者」という意味ですが、これは実はもともとアラビア語で、アラブに由来する言葉でした。中世のシーア派の一分派にニザール派(ニザーリー)という集団があり、この集団に対して、アラビア語で「ハシシーン」という言葉が寄せられました。このハシシーンがなまって、ヨーロッパでは、特に英語の場合はアサシンと名付けられるようになったのです。

 なぜこのような用語になったかと言いますと、「山の老人」とあだなされるニザール派の絶対的な指導者ハサーン・サバーハ(ハサーネ・サバーハ、ハサン・サッバーフ)と呼ばれる人物がハシーシュ(麻薬)を若者に与えて、その麻薬の力で陶酔させ、陶酔状態のもとで若者を刺客に仕立て上げて各地に派遣し、人々を暗殺していったという伝承が残っているからです。そこから「ハシーシュ(麻薬)を使う暗殺者」という意味で、アラビア語のハシシーンという言葉がアサシンになまって伝えられたというのです。この話はマルコポーロの『東方見聞録』などにもありますし、その前にはダンテの『神曲』などにも通じるヨーロッパ人のイスラムに対するイメージの一つでした。


●近世以降、アサシンの殺害行為は無差別化した


 ところが、このアサシン、ハシシーンたちが実際に暗殺したのは、ヨーロッパから来た侵略者である十字軍、あるいは、その土地のトルコ人がつくった王朝であるセルジューク朝などの高い位にある政治や軍事の指導者たちであって、現在のIS(イスラム国)のように一般の兵士はおろか一般の市民たちも含めて無差別な殺害行為をしたわけではありません。むしろ、今日のISや欧州人テロリストの特徴とは、アサシンのように限定された暗殺を行う暗殺教団だという点にあるのではないのです。

 また、これは最近、イスラム評論家の一人であるアミール・ターヘリーという人も指摘していることで、日本でも法制史やローマ法になじんだ方であればご存知の言葉かもしれませんが、“hostis humani generis(ホスティス・フマニ・ゲネリス)”という言葉があり、それに関連するということです。これは「人類共通の敵」という意味です。もともとは古代ローマのカエサル(シーザー)のライバルでもあった思想家、政治家としても知られたキケロが、法外に置く存在として海賊を中心にしたということに由来します。海賊は、国旗を揚げたり所属を明示することなく、地中海や近辺の海を遊よくし、略奪し人々を奪っていきます。つまり、自らが何者かということを問わず、相手が何者かであるかということも差別せず、無差別に人々を殺害したり略奪する、という意味で、キケロは海賊を「ホスティス・フマニ・ゲネリス(人類共通の敵)」と提言したのです。

 この言葉は、やがて近世、近代に入ってきますと、さらに奴隷を所有することを合法化する者、あるいは奴隷所有者たち、ひいては20世紀においてジェノサイドなどを起こした大量殺戮者や大量虐殺者たちを指す言葉としても使われました。この表現は、民族が何であるか、あるいは、彼ら被害者・加害者がイスラムであるのか、キリスト教徒であるのか、といったことには全く関係がありません。そして、イスラム教徒ムスリムを含めた全人類にあだを成すものたちの定義としてふさわしいのではないかと私は思います。イスラムには、「ムフスィド」(ムフスィド・フィル・アルデ)という言葉があります。「大地における平和の紊乱(びんらん:秩序・風紀などを乱すこと)者」という意味ですが、この言葉にも共通するニュアンスを「ホスティス・フマニ・ゲネリス」は持っているかと思われます。


●テロ廃絶に向けて~「対話」は短期的戦略には無効


 今、日本にとって重要なのは、対話をすることによって、イスラムとキリスト教世界を自由に理解し得るような環境をつくっていくこと、という説があります。あるいは、かつてのスペインのアンダルシアにおいて8世紀以降、後ウマイヤ朝がコルドバを中心としてユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒の共同体をつくり繁栄したではないか、そこに戻るべきではないか、といった説もあります。これは長期の理想としてはその通りで、私ももろ手を挙げて賛成します。しかし、短期から中期にかけて、特に短期にテロリズム...
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