●タイが抱える政治的問題
タイに関しては、私は辛抱するしかないと思います。「辛抱する」というのは、タイの人たちではなく、われわれです。われわれが温かく見守るしかないのではないかと私は思っています。
基本的な問題は、1人当たりの国民所得で見ると、バンコクとその周辺の東北の地方では、1対8ないし1対9ぐらいの差があるはずです。これがほとんど良くなっていません。
ところが、予算を見ると、バンコクの方に7割以上を使っています。日本の政治と比較して考えると、想像を絶するようなバンコク偏重です。「これで同じ国民なのか」という感じがします。
これはタクシン・チナワット首相の在任時、つまり13~4年ほど前から分かっていたことです。それがずっと続いているのです。おそらく国際環境が非常に不利な国であれば、これほど悠長に内輪もめなどできなかったと思います。ひょっとしたら、本当に国が滅びるかもしれない事態なのですから。
ところが、タイの国際環境はものすごく良いのです。中国との紛争はありませんし、アメリカの同盟国です。日本にとっては、なんといってもあの国の産業集積は重要だし、皇室と王室の関係もあります。ということで、大変有利な国際戦略環境の中で、安心して内輪もめできるというのが、タイを取り巻く条件だと私は思います。
●相当に高齢化しているタイの政治的エリート層
ただ、タイの政治エリートの年齢や世代から見ると、正直言って、10年前に世代交代があってしかるべきところです。
ところが、プラユット・ジャンオーチャー現首相も今は60代ですし、皆さん大体私と同じ世代です。タイの基準からいうと、確実に歳を取っているのです。私がなんとなく日本の感覚で、まだ10年ぐらいあるというような話をすると、「とんでもない」と言われます。「うちの平均寿命はまだ70歳そこそこだ」という話なのです。
ですから、その意味でいうと、タイの支配エリート、政治エリートの人たちは、かなり歳を取っているということです。日本の感覚でいえば、おそらく70代の後半から80代の人が首相や大臣をやっているということだろうと思います。
ということは逆にいうと、それほど遠くない将来に、指導者の交代をやらざるを得ないということなのです。ところが今、なぜそういったことができないかというと、その条件は二つあります。
一つは、ディール(取引)ができないからです。つまり、ディールをやるためには、所得格差と予算の格差を長期的にどうするかについての大きなバーゲン(駆け引き)ができないといけません。まさにこれは政治の仕事なのですが、それが今のところできていないということです。
●タイ王室の行末が鍵となる
それからもう一つは、その口実に、国王が使われていることです。実際プラユット首相もはっきり言っている通り、今の国王から次の人に平穏に王室の代替わりができるというのが一番大事なのです。でもその先のことは考えていないわけです。
ですから、国王が代わった場合、皇太子様がなるのか王女様がなるのかは分かりませんが、実際タイの皇室の財産は非常に莫大です。王室はバンコクの最大の地主ですので、やはり利権があるのだろうと思います。
そういうこともあり、国王がどうなるのかという見通しがないと、もっと大きな政治的な取引もできません。それができれば、世代交代ができて、新しい均衡に移るというのが、私の見方です。ということは別の言い方をすると、「クーデターはけしからん」などと言ってもしょうがないのです。
それだったら見守るしかないでしょう。最近、私は、アメリカの知り合いに、あまり杓子定規に「クーデターはけしからんと言ってもどうしようもないのだから、もう少し忍耐強く見たらどうか」と言っています。その雰囲気は少し出始めていますが、アメリカ人は、日本と違ってタイにそれほど大きな直接投資がない分、かなりクールに見ています。一応同盟国ですが、軍事的には全く信用していません。それは、タイの軍隊の対応も悪く、中国の潜水艦を買うなど何を考えているのかと思わせるようなことをしてしまうからです。
●バランスの取れた台湾国民の政治感覚
台湾についてですが、やはり民主制というのは良いものなのだと思います。日本でもそうですが、今いかに安倍政権に勢いがあっても、これが10年ずっと続くかというと、やはりそんなことはないのです。どこかで行き過ぎたということになったとき、民意というのはもう一度これを引っ張り返そうとします。そういう事態が、マー・インチウ(馬英九)の二期(2012~2016年)で起こりました。
ある意味で、中台関係があまりに緊密化し過ぎたということに対する台湾国民の政治的な意思が、非常にはっき...