●「同一労働同一賃金」の基本的な考え方
安倍内閣の下で、「同一労働同一賃金」ということが盛んに言われるようになりましたし、現に内閣も「同一労働同一賃金を進めていくことに非常に積極的である」と報道されています。
同一労働同一賃金は、これまでいろいろなところで言われてきたわけですが、なかなか微妙だろうと思います。非常に乱暴に割り切ってしまえば、同じ内容の仕事、同じ成果を出すような働き方をしているのであれば、正規社員であろうがパートであろうが、場合によっては40歳の方でも20代の若者でも、時間当たりの賃金は基本的に同じ方向にしていくべきである、というのが同一労働同一賃金の基本的な考え方です。
●旧来の賃金制度とは違う同一賃金同一労働へ収斂する難しさ
これは、旧来の日本の賃金制度や働き方とかなり違う考え方です。日本には終身雇用、年功賃金というものが非常に浸透していますから、同じ社員の中で同じ仕事をしていても、例えば、入社3年目の社員と入社してから20年以上経っている社員とでは違いがあり、やはり長く会社に勤めてきた人たちに対してはそれなりの貢献を認めなければいけないので、同じ労働でも賃金を高くするという慣行がずっとあるのだろうと思います。ある言い方をすれば、これをいわゆる年功賃金制というかもしれません。つまり、仕事に賃金がつくのではなく、働いている人に賃金がつくという形です。さらに言えば、同じ労働をしている同じ年齢の人でも、例えば、30代の正社員と30代でパートやアルバイトが仮に同じことをやったとしても、やはりそこには賃金に差をつけるべきである、という形で今まではやってきたわけです。
もちろん、こうした年齢、あるいは経験による賃金の違いだとか、または企業に対する責任の強さに違いがあると思います。つまり、企業に自分のフルタイムとしての身を預けている場合と、他のところの仕事をしたりいつでも出入りできるという自由度を認められながら働いているパートやアルバイトという労働とが、全く同じ賃金であるということもまた極端な話でしょう。ですから、現実の世の中の動きとして、「同一労働同一賃金を進めていく」と言われながらも、なかなかそういう形で収斂していくのは難しい方向にあるのだろうと思います。
●同一労働同一賃金によって、日本全体の働き方を変えていく
ただ、この時期に安倍内閣が同一労働同一賃金を言い出したということは、もう少し広い観点で見ると、いくつかの重要なポイントが出てきていると思います。一つは何かというと、今、私が申し上げたような旧来型の日本の雇用というものが変わっていかざるを得ないだろうということです。それはなぜかというと、多様な働き方を志向していかないと日本の社会が持たないし、日本の経済も持続的に発展することはできないからです。
かつて高度成長の時代には極端なことを言えば、お父さんが会社に勤めていて一生そこで勤めあげる。そして、お母さんは家庭のことを中心に行い、少し時間があればパートに出る人もいるかもしれない。仮にお父さんが会社の仕事の都合でどこか地方の支店に転勤するということになれば、家族の都合もあるので単身赴任をしなければいけない。また、出産を迎えてもお父さんは育児で会社を休むわけではなく、それはお母さんやお母さんの家族が行う。あるいは、会社に勤めている女性が出産時期になると、そのまま正社員として勤めることができないので辞めていく、というケースが当たり前のようにあったわけです。
ただ、こういったケースが途絶えていくことが明らかであるとすると、短時間労働でも長時間労働でも、あるいは、人生の時期によって働き方を変えるということを認めていかなければ、十分な労働力は集められません。国民の側から見ても、そういう生活設計や生活ステージに合わせた、あるいは自分のライフステージに合わせた働き方が認められるほど、より豊かな生活ができるということになります。
そうすると、その基本にあるのはやはり労働そのものに対価を支払う、つまり、その人の職種や立場よりも労働そのものに合わせた賃金の設定をより明確にする必要があり、その先に見えるのは同一労働同一賃金ということになるだろうと思います。
ですから、この同一労働同一賃金は、同じ仕事をしているのであれば基本的には同じ賃金を払うべきである、という非常に分かりやすい論点に基づいています。ただ、これはこれで大事なことなのですが、それ以上に重要なのは、こういう動きを通じて日本全体の働き方を変えていく、ということになってくるのかもしれません。
●労働力不足と正社員、非正規雇用者の賃金の実情
もう一つ、今回、同一労働同一賃金ということが出てきた背景を考えるとき、重要なポイント...