●生物は雄と雌であまりにも違いが多い
長谷川眞理子です。今日は、「雄と雌はなぜ違うのか」という理論に基づいた生物学の話をしてみたいと思います。
生物はどう進化するのかについて、チャールズ・ロバート・ダーウィンが提唱した一つのシナリオに「自然淘汰(ナチュラル・セレクション)」というものがあります。しかし、その後、雄と雌の違いについては少し別のことを考えなければいけないのではないかと考え、新しく「性淘汰(セクシャル・セレクション)」という理論を提出しました。そこでは、雄と雌の違いが生じる原因について考察しています。今回は、そのお話です。
生物は、同じ種に属していても、雄と雌ではずいぶん違うところがあります。からだの大きさ、角や牙や飾り羽の有無、色がきれいだったり、あまりきれいでなかったりというように、目に見える形の上で大分違うところがあります。
目に見えないところ、あまりすぐ分からないことでも、例えば、成長の速度に違いがあり、雄の方が早く成長したり、雌の方が早く成長したりします。それから、寿命です。一番完璧に元気に生きたとしても、どのくらい寿命が続くのかについては雄と雌によって異なることがあります。すなわち、死亡率、生存率ということになりますが、死にやすさ、生き残りやすさというものも、雄と雌によって違いがあります。また、代謝の速度ですが、どれぐらいごはんを分解して熱を出すかも違いますし、多くの行動が違います。
行動といっても、戦うということや子どもの世話ばかりでなく、渡り鳥における渡りの時期が早めか遅めかとか、生まれた子どもが出生場所からどのぐらい遠くまで出ていくのかなどについても全て、雄と雌で違いがあるのです。
●なぜ生物の性差には多くのパターンがあるのか
生活の全ての面にわたって性差は多様に存在するのですが、それが非常に顕著に分かることもあれば、スズメのようにどちらが雄か雌かよく分からないほど似通ったものもあります。つまり、性差は存在するものの、たいへん顕著なものとそうでもないものといった具合に、範囲はとても多岐にわたっています。
また、あまりよく知られていないことかもしれませんが、「派手」や「けんか好き」のように、一般に雄らしいと思われている形質や行動が逆転して雌に当てはまり、雄はおとなしく地味という種類もあるのです。
なぜそのようにさまざまな性差のパターンがあるのか。それが知りたいし、それを説明しなくてはならないということで、ダーウィンは考えたわけです。
ともかく形も行動も違いますし、成長速度や出生地からの分散、寿命などはライフヒストリー(生活史)のパターンなので「生活史戦略」というのですが、そういうものも全て異なります。
ダーウィンは、自然淘汰については主に物理的な環境への適応を考えていました。例えば、暑さ寒さ、水の有無など、条件の異なる場所にどうやって適応するかということを考えたわけです。ですから、雄と雌が同じ場所に住み、同じ気候の環境条件にさらされているにもかかわらず、これほど違うものができるということは、自然淘汰の理論だけでは説明できないのではないかと考えたのです。
●ダーウィンの理論1:繁殖競争は雄同士の方が雌同士よりも厳しい
自然淘汰の理論を考えていたときにそこに気が付いたダーウィンは、もう少し別のことを考えなければならないと思いました。そこで注目したのは、配偶相手を見つけて子どもを残すときの状況です。雄と雌では、繁殖をめぐる競争のあり方が、非常に違っているのではないだろうか。そして、同じ種に属していても、例えば雄のスズメと雌のスズメでは全く違う状況にあるのではないかと考えて、二つの理論をつくりました。
彼はさまざまな動物を数多く観察し、結論を引き出したのですが、その一つ目は、「普通は雄同士の競争の方が、雌同士の競争よりも厳しい」ということでした。配偶相手の獲得をするために、雄は雄同士でよく争わなければいけないけれど、それと同様の激しい争いは、雌同士の間には見られない、というのです。
もちろん雌同士のけんかもないわけではありませんが、競争の度合いは雄の方が格段に強いのです。そのために、相対的に「からだが大きい」「角が生えている」「武器のような歯を持っている」のは雄になる。雄間の競争がその答えの一つです。
●ダーウィンの理論2:「雌による選り好み」が雄の形質を変える
そして、もう一つ。では、雌は何をしているのか。雌同士の競争もあるとはいえ、雄同士が争って雌を獲得しようとすることの方が多いのであれば、逆に雌はどの雄がいいかを選べるのではないか。そうした選別する眼を光らせているのではないか。その点に着目したダーウィンは、雄間競争の他に、「雌に...