●今後、シンセシスの科学技術が重要になる
東京大学の石川正俊です。今日はまず、「新しい科学技術」の構造についてお話ししたいと思います。これまでは、何かを極めて、掘り下げ、真理を探究する科学技術が主流でした。大学でも小・中・高の教育でも、現象を突き詰めて、何らかの原理に結び付けていく科学技術が一般的でしたし、ノーベル賞の相当部分はそうした科学技術でした。しかし、これから先はもう一つ、他の構造の科学が必要になるのです。
それは、何もないところからものを創り出す科学技術です。「アナリシス」ではなく、「シンセシス」です。例えば、ネットワークやコンピューターなどは、単に解析して出来上がってきたのではなく、こういったものがあるといいというイメージの下、創り上げた上で、解析して出来上がってきたものです。この「創り上げる」ことが、将来の科学技術の基本になると私は思っています。
創り上げるときには、何らかの仮説を持ち、その仮説を実証し、実証したものを社会に受け入れてもらうというプロセスが重要となります。ですから、大学や国立の研究機関、あるいは企業の研究機関の人たちは、何かものを試作したときに、社会がどのように反応するかを見る必要があります。そういった反応を見る仕組みが、産学連携やマーケティングであり、均質の評価もその中にあります。科学者が、そのプロセスに乗るようなものを創っていく「新しい価値を創る構造」が出来上がってきました。これから先、日本の研究者や科学社会は、新しい価値を創る科学技術を大きくしていく必要があります。
●IT技術やモノづくりにシンセシスが必要
この新しい科学技術は、簡単ではありません。何もないところから新しいものを創るには「独創性」が必要になるからです。その辺りにあるものを単にキャッチアップしただけでは、独創的なものはできません。特に大学教育は、今までに分かったことを教えることがベースになっています。現在は、分かったことを教えて、そこから新しいものを創りなさいという流れになっていますが、分かったことを理解するのは独創性ではありません。このことを教員や学生がよく理解した上で、新しいモノづくりに結び付けていく必要があると思います。
別の言葉でいうと、今までの科学技術は「何かが分かる」喜びを重視するものでしたが、これからは「何かを創り、それが社会に受け入れられる」ことに喜びを感じる科学技術であってほしいと思います。また、そうした科学技術は、過去の真実の中に立つ部分も確かにありますが、基本的には未来の真実を創る構造です。今、分かっていないことを、いかに自ら創り上げていくかが焦点になります。
今、社会で重視されているIT技術やモノづくりは、どれもアナリシスだけではうまくいかなくなってきています。シンセシス、つまり、新しい価値を生み出す必要が出てきているのです。この「何もないところにものを創ること」こそ、工学や情報科学の本来の姿だと思います。
●受動型の研究から、能動型の研究へ
では、そういったものを創るには、どうしたらよいのでしょうか。さまざまな考え方があります。第一に必要なのは、今までの科学技術の延長上でものを考えないこと、それから、先ほど申し上げたような「シンセシスを生み出す構造」の上でものを考えることです。
創造性や独創性は、時にリスクを伴うものです。このリスクをカバーしていく構造がなければ、真の独創性は生まれません。社会では「イノベーション」という言葉が盛んに使われていますが、イノベーションと言うだけでは新しい価値は生まれません。実際にイノベーションを生み出すためには、独創性を持って、新しいものを創り出すことが必要です。また、「オープンイノベーション」という言葉もよく語られますが、オープンイノベーションを起こすには、単にものを組み合わせるだけでなく、新しいものを、新しい価値へ向けてどのように方向付けするかが重要になってきます。
こういった方向性の研究スタイルについて、私には、よく話すことがあります。それは、これまでは誰かの発明や発見を上手に使おうとする「受動型の研究」が主流でしたが、これからは「能動型の研究」、つまり自らリスクテイクをして、そのリスクの中で新しい価値を生み出す研究スタイルが重要になるということです。
それから、さまざまな技術や分野を組み合わせて新しい価値に結び付ける「技術間の融合」「分野間の融合」も、オープンイノベーションの基盤をつくるでしょう。そうした構造の研究がこれから先は重要になります。一言で申し上げると、研究開発の新しい流れは、構造的なリスクテイクをベースに、独創的な発想を重視していくのです。