●アメリカのイスラムはどのように誕生したか
前回からイスラムとアメリカとの関係、あるいは最も知られていないアメリカの中のイスラムについて、話していきたいと考えました。今日は第2回目です。
おそらく一般のアメリカ人には、歴史的に決定的事実というものを知らない傾向があります。もちろん普通の日本人は、アメリカの中のイスラム人がどうやって誕生したかということについて、ほとんど知らない人が多いかと思います。
19世紀後半から20世紀初頭に、当時のオスマン帝国が支配していたアラブ地域、あるいはアナトリアという地域から、アラブ人たち、特にアラビア語を話すキリスト教徒のアラブ人と並んで、アラビア語を話すレバノンやシリアのアラブ人ムスリム、彼らが移民として北米、すなわちアメリカやカナダに流入し、そのプロセスでイスラムが北米に着実に適応しながら成長してきたという事実があります。
つまり、イスラムは別に新しいものではなく、19世紀の移民たち、例えば『エデンの東』を書いた映画監督で知られ、また『アメリカ アメリカ』という戯曲も書いたエリア・カザンがいますが、彼の父はもともとオスマン帝国にいたギリシア系のキリスト教徒でした。こういう人が移民してきました。あるいは海運王であったオナシスは、もともとトルコに住んでいたギリシア系の住民でしたが、流入してきました。こういう移民の流れの中にアラブ人もたくさんおり、またムスリムも多くいたのです。
●マルコムXは、なぜ「X」を名乗ったのか
中東以外のイスラム世界からも、難民や留学生、職業人がどんどん流入していますが、こうした現実は過去にもあったわけです。特にアフリカ系アメリカ人、いわゆる黒人の間には、考えられている以上にイスラム教徒が多いのです。アフリカ大陸から奴隷として連れてこられた時に、すでにイスラム教徒だった人たちが多くいます。ところが、そのかなりの部分はキリスト教に強制改宗され、自分の名前が何であるかも忘れてしまいました。現代の黒人の人々には、祖父や曽祖父たちの元々の姓も、イスラム教徒であったことも忘れ去られた世代が多いのです。
20世紀の終わり頃、私がちょうどハーバードにいた頃につくられて話題になった作品に、スパイク・リー監督の『マルコムX』という映画がありました。これは1992年に発表された作品でしたが、アレックス・ヘイリーによってもマルコムXという人物が著されました(『マルコムX自伝』)。
マルコムXは、アメリカのイスラム教徒の黒人解放運動で一番大きな影響を与えたリーダーです。なぜ「マルコムX」を名乗るのかというと、「X」は自分の姓が一生分からないということを指します。つまり、アフリカにいた時の自分たちが本来持っていた姓は、祖先たちがアメリカに来た時に「リトル」という名に変えられてしまいました。おそらく「からかい」や「蔑み」の念が含まれ、識別のしやすさもあったからでしょう。そのような「リトル」という名前は、本来の自分の姓ではない。自分の姓は永久に分からない。「X」である。それが「マルコムX」という名前の由来なのです。
スパイク・リー監督の映画『マルコムX』や伝記が書かれることによって、アメリカはもとより日本においても、映画や翻訳を通してイスラムと黒人解放運動との関わりが、少しずつ知られるようになってきたのです。
●「スーフィズム」の伝統もアメリカには存在する
大多数のアメリカ人や日本人には、アメリカ社会における「スーフィズム」がテロリズムとして、よく語られます。しかし、イスラムで「スーフィズム」と呼ばれるイスラム神秘主義運動は、自分の心の内面において、神とさながら同一化・一体化するような形で信仰を内面化し、神秘化していくものです。こういう運動をアラビア語では「タサッウフ」と言います。英語では「Islamic mysticism」、私たちはイスラム神秘主義と呼びます。
このイスラム神秘主義は、アメリカ社会では非常に静かに長く潜行し発展していきました。いわば拡大して伸びてきたのですが、この事実はあまり知られていません。アメリカとイスラムというと、すぐテロと考えられがちなのですが、アメリカにはそういう堅実なイスラム神秘主義の伝統なども存在しているのです。
イスラム神秘主義教団のことをスーフィー教団と言います。スーフィーは、アラビア語「タサッウフ」(イスラム神秘主義)を信じる人のことです。このスーフィー教団への参加者は非常に多く、アフリカ系の黒人や中東からの移民として入ってきたイスラム教徒だけではなく、最近ではユダヤ教やキリスト教をバックグラウンドに育てられた白人中間層の間にもスーフィーの信者たちが増えています。
内面にたくさんの苦しみを抱えたり、...