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世界的セキュラースタグネーション時代、課題は技術の枯渇

セキュラースタグネーションと技術革新

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
これまでにも10MTVで「セキュラースタグネーション(長期的停滞)」論を取り上げてきた学習院大学国際社会科学部・伊藤元重教授が、この話題に本格的に切り込んでいく。世界経済の低迷は、高齢化や金融危機だけが原因ではなかった。社会を変えるに足りる技術革新こそが今、求められているという。
時間:11:38
収録日:2016/06/16
追加日:2016/07/26
≪全文≫

●世界がセキュラースタグネーションを迎えた理由


 10MTVでも何度か触れてきたことですが、今いろいろな専門家によって「セキュラースタグネーション(secular stagnation)」の話がなされています。この言葉は、「長期的停滞」や「構造的不況」という意味で、残念ながら日本だけでなく、アメリカも欧州も構造的不況に陥って、経済が元気にならないことを指しています。

 これまで私が話題にしてきたのは、まず高齢化や団塊世代の一斉引退などの人口的な動きが先進国全体に共通していて、需要を非常に弱くしていること。二つ目に、日本でいうとデフレ、アメリカ・ヨーロッパでいうとリーマンショックや欧州危機のような金融危機等によって、経済が下に引っ張られているということ。そういう意味では、世界全体の景気低迷からどうやって打破するかということが問われているわけです。

 先進国が一斉に経済的低迷に陥っていることを議論するためには、実はもう一つ、重要な論点があります。それが「技術革新」です。世界が安定的に成長を続けていくためには、ある程度の技術革新やイノベーションがないといけないわけですが、どうもここにきて、先進国を上に引っ張っていけるような強力な技術革新はなかなかないのではないかという議論が、かなり広く行われているのです。


●1880~1980年の「黄金時代」は終わった?


 この分野で最も著名な経済学者に、ロバート・ゴードン教授(ノースウエスタン大学)がいます。彼の著書はベストセラーになりましたが、非常に単純化すると、1880年から1980年までの百年をアメリカにとっての「黄金の時代」と言っています。この時代に技術革新が経済を非常に高く伸ばしていきました。ところが1980年以降現在に至るまで、残念ながらアメリカ経済の成長は弱くなってきているという指摘です。

 これは専門的な言い方をすると、TFP(全要素生産性)という分析になるわけですが、簡単に説明しましょう。経済が成長する要因を分解してみると、一つは資本が増えたり労働者の数が増えたり、労働者の教育レベルが上がるなど、資本や労働の量と質がよくなることによって成長が伸びる部分です。これは当たり前のことですが、重要なのは、これだけでは説明できない理由で経済が成長するケースが結構多い点です。これが今言ったTFP(Total Factor Productivity)に当たり、主に技術革新や生産革新など、いろいろなイノベーションによって経済が伸びていく部分になります。


●次々に技術革新が生まれ普及した黄金時代


 ゴードン氏の研究によれば、1980年までの百年間、アメリカはかなり高いTFPを実現していましたが、1980年以降はこれが非常に下がってしまっているのです。つまり、1980年までの百年はアメリカ経済を引っ張り上げる技術革新が次から次へと起こり、よかったのですが、最近は起こっていません。

 具体的に考えてみても、初期は蒸気エンジンやドリフティング、内燃機関の動力を使って自動車ができ、それらが広まることで社会があっという間に変わりました。あるいは、19世紀の後半はまだほとんどの家庭に電気がつながっていなかったのですが、それがつながることで、家庭生活はかなり電気に依存した形に変わってきました。さらには電話や電報などの通信網が広がることによって世界がつながり、非常に頻繁に情報が行き交うことになりました。また、自動車だけではなく、鉄道や航空機、船の技術が進み、あらゆるモノが世界中に降りてきます。こういうものが、社会の経済をずっと成長させてきたわけです。

 そして残念ながら、1980年以降のアメリカには、かつての自動車の普及や電気の普及、交通体系の変化、あるいは内燃機関による機械や動力の変化などに匹敵するようなものがないため、成長が落ちているということになります。


●ITは成長につながらない技術革新なのか


 1980年以降は、ITが非常に広がっています。パソコンから入ってインターネット、スマホ、そしてクラウド、AIという広がりを見せています。最近のクラウド・AIは別として、それ以前のインターネットやパソコン、スマホの世界は、もちろんそれなりに重要な技術革新ではあります。しかし、かつての自動車の発明や電力の普及が意味したような、人類全体の成長率を上げるほどのパワーにはなっていないということだろうと思います。

 成長論で有名なロバート・M. ソロー教授(マサチューセッツ工科大学)という経済学者が、1990年前後に言ったことがあります。

 「ITは世界中にある。みんながITを使っているのが見える。みんながパソコンを使い、インターネットにつながっている。ただしかし、経済成長の中にだけは...
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