●アメリカとイスラエルとサウジの関係はイスラエルとサウジの関係といえる
皆さん、こんにちは。中東では「敵の敵は味方」とよくいわれると、かつてお話しした記憶があります。しかし「敵の敵は敵である」こともあれば、「敵の敵は敵にして味方である」ということも普通に生じているのが、今の中東です。本当に中東情勢は複雑にして、奇々怪々ともいえると思います。
特にアメリカとイスラエルの関係が片方にあり、他方エジプトとイスラエル、エジプトとサウジアラビアあるいはイラン、これらがそれぞれ対立しているために「三すくみ」の印象を与えますが、そういうことではありません。
アメリカとイスラエルとサウジアラビアの関係は、とりもなおさずイスラエルとサウジアラビアの関係ということになります。この関係はなかなかに複雑ですが、今日は別の角度から考えてみたいと思います。
●ヒズボラ司令官を暗殺した「タクフィール派」
2016年5月13日、ムスタファー・バドル・アッディーンという人物が暗殺される事件が起こりました。これは、レバノンを支配するシーア派の軍事政治組織ヒズボラの軍事部門長にして在シリア軍団長であり、シリアに派遣されたレバノン軍団の指揮官であった人物です。
誰が彼を暗殺したのかというと、一番可能性が高いのは、サウジアラビアの援助するスンナ派軍事組織の「タクフィールダン(タクフィール派)」と呼ばれる組織だといわれています。
「タクフィール」とは、敵を「カーフィル」あるいは「クッファール」(複数形。いずれも不信心者)であると宣言して殺害する行為です。信仰を持っていない者を殺害するのは合法的な行為だと正当化することを「タクフィール」というのです。そういう名を持つ組織が、ムスタファー・バドル・アッディーン氏を暗殺したといわれているのです。
ついでながら、今シリアの北西部で戦争の大きな舞台になっているアレッポの南で、「タクフィール派がシーア派系住民その他を大量虐殺した」として、イランの指導者の一人が厳しく非難していたことが思い出されます。イランが言いたいのは、非常に残虐なシリアのテロ組織を後援しているのはサウジアラビアだということです。
したがって、タクフィール派による暗殺に激昂したのは、ヒズボラだけでなく、イランでもありました。シリアにおけるイラン革命防衛隊の中でも最精鋭部隊とされるクドゥス軍団(アル・クドゥスはエルサレムの意)の指揮官であるガーセム・スライマーニー氏は、自らベイルートを訪れ、ヒズボラの関係者に弔意を伝えました。その怒りは、「イスラエルとの軍事対決をしばらく停止して、もっぱらサウジアラビアに打撃を与える」ようヒズボラに指令を出したほどだと伝えられています。
●ツー・ステーツ・ソリューションがテロ支援排除になる
すなわち現在のイランは、アメリカとイスラエルとサウジアラビアの関係にも陰を落とす、非常に重要な要因になる存在だということです。中東の複雑かつ怪奇な国際情勢を示す例として大変興味深いことに、ムスタファー・バドル・アッディーン氏の暗殺事件直後、イランの取った態度に関連してサウジアラビアがイスラエルに対して独特な対応に出たことがあります。
サウジアラビア政府の国家安全保障において最高位とされる顧問や補佐官を務めた経験のあるアンワル・エシュキ将軍が、7月22日にイスラエルを訪れた事実が確認されたのです。この訪問の意味をエシュキ将軍は誰にも説明せず、言及も何もしていませんが、いろいろな点で大変不思議なことでした。
アブドッラー前サウジアラビア国王が示し、積極的に進めた「アラブ平和イニシアティブ」という構想がありますが、これはパレスチナにおいて、イスラエルとパレスチナの二つの国が合法的に存立するという、いわゆる「ツー・ステーツ・ソリューション(2カ国解決案)」という考え方です。これをきちんと進めることが、イランのテロ支援やアサド支援、ひいてはシリア国内におけるテロリスト支援を排除することになると、7月22日のエルサレムにおいてエシュキ将軍は公言したのです。
●「アラブ平和イニシアティブ」を携え、イランへの共闘呼びかけ
これは奇妙といえば奇妙な話です。イランは「シリアでは、サウジがテロ組織を支援している」と言い、サウジアラビアは「シリアでは、イランがテロ組織を支援している」と言っているからです。これはつまり、いわゆるテロ組織はシーア派にもスンナ派にもまたがって、無数かつ複数に存在していることを意味します。
いずれにしてもエシュキ将軍は、イスラエルとアラブ世界の和平はパレスチナ人との和平に関わっている、いわば「パレスチナ人との平和なくしてアラブの平和なし」とイスラエルに語りかけ、両国間において...