●21世紀に求められる、イノベーション重視の経営論
しかし結局、これまで紹介してきたポーターによるポジショニングの戦略、あるいはバーニーによる資源の戦略は、現在では通用しなくなっているのではないか。先ほど述べたように、われわれを取り巻いている環境は日々激動しています。実はポーターやバーニーらが言っている戦略には、前提があります。まずポーターの発想は、「環境は安定している」「市場は相対的に安定している」というものです。さらにバーニーの資源ベース論が置いている前提は、「資源はいったん確立してしまえば、有効性が続くだろう」というものです。
ところがわれわれは、激動の時代を迎えてしまった。例えばAIが出てくるから、それと戦わなければいけない時代です。あるいは新興国の企業と戦わなければいけない時代です。そういう中で、安定に重きを置いている時代ではありません。
われわれが対処すべき環境とは、シュンペーター型であると言えると思います。シュンペーターというのは1930年代の経済学者です。彼の論じたもので、イノベーションや起業家精神と言えば、皆さんも聞いたことがあるかと思います。環境の不確実性が非常に高くなってくる。消費者のニーズも、がらがら変わってくる。技術進歩も速い。先ほどお話ししたようなムーアの法則によって、いろいろなテクノロジーが生まれてくる。競合も越境してくる。検索エンジンの会社だと思っていたグーグルが自動車開発に乗り出したり、あるいはウーバーという配車システムをやっている会社がありますけれども、そういったところも自動運転に入ってきたりするなど、競合そのものが越境してきます。そうやって考えると、安定の時代であった20世紀の前提を見直した、新しい戦略の考え方、経営戦略のパラダイムが必要になるのではないかと言えると思います。
●デビッド・ティースのダイナミック・ケイパビリティ論
そこでご紹介したいのが、ダイナミック・ケイパビリティという考え方です。先ほどお話したデビッド・ティースという人物の考え方です。彼はハイパーコンペティション時代の戦略経営のために、どうやって企業のフレームワークをつくったらいいだろうかを考え、これをダイナミック・ケイパビリティ・フレームワークと呼んでいます。その目的とは何か。「諸企業の富」と言っています。どうやって価値創造し、価値を獲得するのか。ここにフォーカスする。
非常に古い話ですが、1776年にアダム・スミスが『国富論』を著しました。それが経済学のはしりとか、出発点だと言われています。アダム・スミスは「経済学の父」と言われていますが、それをもじって「諸企業の富」と言うわけですね。企業がどうやって持続的競争優位を確立するのか。それを解く鍵が、ケイパビリティにあります。企業が独自の能力を持っていないと、競争優位に結びつけることはなかなかできないということです。
このケイパビリティという言葉は、「能力」と訳されてしまうことがありますが、ちょっとニュアンスが違います。ケイパビリティと似た言葉で、コアコンピタンスという話が一時期ありました。選択と集中で自社の強い分野をフォーカスしてやりましょう、ということです。それ以外の分野は撤退するとか売却しましょう、という。そういう話があって、コアコンピタンスということが言われてきたと思いますが、コンピタンスというのも、日本語にすると「能力」という意味になってしまって、これはちょっと違うわけですね。それで、ティース自身も言っているように、ケイパビリティという言葉でいこう、となりました。ぜひ皆さんは、ケイパビリティという言葉を使っていただければと思います。
では何が違うのかと言えば、持っているリソースを価値のある活動に変換するために必要な能力やプロセス、知識などをケイパビリティと呼んでいます。包丁とフグだけあっても、何もならないのです。包丁とフグだけ目の前にあっても、おいしい思いはできません。しかしそこに、修行をした板前さんが手を加える。包丁で処理するとか毒を取るとか、いろいろな加工することで、価値のあるものが生まれます。フグ刺しを作る、唐揚げにするなどの具体的な活動を通じて、われわれに価値が届けられることになります。それに必要なのが、ケイパビリティです。
●組織を新たにつくり替える力
そのケイパビリティには、大きく分けて二つの種類があります。一般的ケイパビリティと、ダイナミック・ケイパビリティです。ケイパビリティは、ピラミッド状にあるものだと思ってください。高次のものと低次のものがあり、低次のものが一般的ケイパビリティです。何かオペレーションをやるのに必要なものですね。ものをつくったり配送したりするのに必要であるなど、どこの企業もできそ...
(デビッド・J.・ティース著、谷口和弘・蜂巣旭・川西章弘・ステラ・S・チェン翻訳、ダイヤモンド社)