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ローザンヌ条約以来、因縁のモスル帰属がクルド問題の争点

中東協力現地会議(2)クルドの民族問題と独立への可能性

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/明治大学研究・知財戦略機構国際総合研究所特任教授
情報・テキスト
モスル(チグリス川とモスルの橋)
歴史学者・山内昌之氏による中東協力現地会議基調講演の解説第2弾。今回取り上げるのは、「クルドの民族問題と独立国家化への可能性」についてだ。イラク、シリア、トルコで一大勢力を持つクルド人組織だが、山内氏はそれらが手を結んで「大クルディスタン」を形成する可能性は極めて低いと言う。中東地政学からその背景を見ていくと、その理由が浮かび上がってくる。(シリーズ第2話目)
時間:09:20
収録日:2016/09/28
追加日:2016/10/25
ジャンル:
≪全文≫

●クルディスタン勢力が手を結んでも独立国家は難しい


 皆さん、こんにちは。今日は前回に引き続き、シリア問題に大きく絡んでいるクルド人の問題について、まずお話ししたいと思います。

 クルドの問題を考えるとき、自治から独立へ、あるいは自治から独立は可能なのか、という問い掛けがあります。一番問題なのは、今、現実にイラクの北部にクルド地域政府KRGの自治国家が、事実上、独立に近い形で存在しているということです。前回お話ししたシリア北東部のロジャヴァと呼ばれる地方のYPG(クルド武装部隊、クルド人民防衛隊)が、北イラクのKRGと結び付いたり、また、トルコの東南部アナトリアのPKK(クルディスタン労働者党)と呼ばれる米欧やトルコがテロリストとみなしている団体、非常に大きな影響力を持っているこのPKKの兄弟団体、別動隊がシリアのYPGだというのが、トルコ政府や国民の解釈です。

 したがって、シリア北東部のYPGと北イラクにあるクルド自治政府、そしてトルコの東南部におけるクルディスタン労働者党といった勢力を合わせた共和国、言ってしまいますと、「クルディスタン独立共和国」、「独立国家クルディスタン」というものが可能なのかどうかという問い掛けですが、これについて私は非常に悲観的です。そういう大クルディスタンはできないであろうと見ているのです。


●大クルディスタンが成立しない理由


 まず、その問題に関しては、関係するイラン、トルコ、イラク、シリアの中央政府(シリアについてはアサド政権ですが)の4カ国がこぞって反対するからです。すなわち、そこに大きなクルディスタンが出来上がることによって、国境が変容し、国家が分裂するということは、いずれの国も歓迎しません。したがって、そうした結果を招きかねないような事態に関しては、すこぶる懐疑的です。また諸外国も、そういう大きなクルディスタンができることによる中東の力学・地政学の根本的な変化、あるいは変化というより地政学革命が起こることについて、なかなか踏みきれないというのが実際のところです。

 クルドの中にも問題があります。クルド人は高い山と深い谷によって隔てられ、相互の行き来がなかなか難しい地域に、伝統的に隔離されて住んできたということもあります。ですから、同じようにクルド人、クルド語と言っても、彼らはこの4カ国にまたがって全てアイデンティティを共有することが難しい形で、成長してきました。実際、イラクの中だけでも、北イラクにあるクルド自治政府(KRG)の大統領をしているメスード・バルザーニ氏とイラク共和国全体の大統領であったクルド人のジャラル・タラバーニ氏という存在がありました(注:イラク共和国は2014年7月にフアード・マアスーム氏を大統領に選出)。これらは組織でいうと、クルド民主党(KDP)の議長がバルザーニ氏であり、バルザーニ氏はクルド人地域政府の大統領です。他方、クルディスタン愛国同盟があり、PUKと呼ばれますが、このPUKの議長がタラバーニ氏です。そしてタラバーニ氏はイラクの大統領に着いたことがあるということです。

 この二人は、人格的にも組織的にも対立を繰り返してきた、深い、そして長い伝統的な歴史を父祖の代から継承しているのです。誤解を招く表現かもしれませんが、こうした内部分裂は、クルドの伝統、お家芸である、とも言えるのです。そこに対して、外国勢力や外部の勢力がくさびを打ち込むために、いろいろ策を弄しているというのが現状です。


●クルド問題で最大の争点は北イラク・モスル奪還


 今、クルド問題に絡んで最大の争点になるのは、イラクの北部にあるモスルという石油地帯、石油都市です。このモスルを、目下イスラム国が占拠しているのですが、今年の年末か来年年初のいずれかに、モスル奪還作戦にイラク政府が入るだろうと言われています。もちろん、その背後にあるのは、一つはイランの革命防衛隊、つまりイラン政府であり、他方にはアメリカが支援したイラクの国防軍がある、というのは言うまでもありません。要は、アメリカ、イランの巨大な意思が働いて、モスル作戦が発動されていくということです。

 その結果、モスルをもしISから奪い返した、つまりISがモスルから追放されたとして、一体誰がその後のモスルをとるのか、というのが問題なのです。スンナ派なのか、シーア派なのか、クルド人なのか。ここにイラクの将来がかかっている、ということです。スンナ派と言っても、それはISにシンパシーを持つスンナ派なのか、あるいは、反ISのスンナ派なのか。または、シーア派と言ってもイラクに根付いているシーア派のイラク政府軍なのか、あるいは、革命防衛隊を通してイラクに過剰関与しているイランが、自らの利益の拡大として、モスルを事実上押さえるのか。もしくは、先ほどお話ししましたが、クルド人た...
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