●クーデターの失敗が生んだ「トルコ民主主義の成長」
皆さん、こんにちは。シリア情勢はますます緊迫度を増し、かつ混迷は深まる一方です。その中でトルコが地上軍兵力をシリア北部に越境させたことは、前々回にも申した通りです。トルコでは今年(2016年)7月15日にクーデターが失敗に終わりましたが、この失敗こそが大変多くのところに波及を招いているのです。
何よりもまず、トルコの国防軍が金科玉条のごとく掲げてきた「世俗主義」が民主主義とは違うことが明るみに出ました。選挙で選ばれた大統領とAKP(レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と公正発展党)が「イスラム的である」というだけで、選挙結果という民主主義の根本的な基準を無視することは、許されるものではありません。実際に国防軍はこの問題をめぐって分裂し、シビリアン・コントロール(文民の優位)が証明されたのは、トルコの民主主義の成長として評価に値するものと思われます。
もし内戦が生じて、ここで国防軍の部隊同士が戦えば、昔風の言い方では「国軍相殺」(戦前の日本には「皇軍相殺」という言葉がありました)とでも申しましょうか。まさにトルコの軍の相殺に至った危険性があります。それのみならず、その結果トルコの国内は混乱を増し、場合や地域によっては近隣の国々やヨーロッパに難民が出た可能性さえあるわけです。そうした点で、この問題が調整されたのは、大変良かったのではないかと思います。
●ロシア・トルコ関係修復とレッドラインの相互尊重
2015年11月、トルコとシリアの国境沿いで作戦中であったロシア空軍機がトルコに撃墜される事件があって以来、ロシアとトルコの関係は悪化し、緊張状態に入っていました。ところがクーデター未遂事件の直後にエルドアン大統領とウラジーミル・プーチン大統領はサンクトペテルブルクにおいて会談し、冷却したままの緊張状態を続けてきたロシア・トルコ関係を修復することに同意を見ました。
これは、それぞれに国として重要なレッドライン(譲ることのできない一線)を持っており、そのレッドラインを互いに認め合うということについて、何らかの黙契が成り立ったという見方も出ています。それは、ロシアにとってはウクライナ問題であり、トルコにとってはクルド問題です。つまり、トルコはウクライナ問題に関してロシアの利益を尊重し、ロシアはトルコのクルド問題に関する歴史的な強い関わりを尊重する。おそらくこのような戦略的関係を、「レッドラインの相互尊重」という形で考えたとも思われます。
つまり、そこにはプーチン大統領の「ユーラシア国家」としての地政学的な思考、ユーラシア地政学に対する非常に深くて鋭い見方が出ているものと思われます。
●理想と野心から現実へ、変革されたトルコ外交
他方、トルコの外交戦略が切り替えられたのは、「新オスマン外交(近隣との問題ゼロ外交)」という非常に壮大なスケールを持ち、実はアラブ世界を中心とする中東に対して野心的外交を重ねたアフメト・ダウトオール首相(当時、その前は外相)の退場と無縁ではありません。彼に代わって後任となったのは、非常に実務的なビナリ・ユルドゥルム首相です。
ダウトオール氏は研究者出身で、安全保障に関わる大変優れた学術的著作を残しています。しかし、そうした議論は現実においてしばしば「イデオロギーや理論に偏重しているのではないか」と言われがちで、実際に職業外交官からも聞こえてきた話です。
私の知っている在日トルコ外交官で、最高位にある人の表現によれば、「ダウトオール氏の書いたものは、どうも学者の本で、分かりづらい。ユルドゥルム首相の指示は実に実務的で、的確である」。すなわち理想や理論や広がりはいいのだけれども、外交という現実的な場においては、やはりきちっと限定的かつ具体的な指示の方が役に立つという感想を、最近私に漏らしたことがあるのです。
つまり、ここにおいてトルコは、ダウトオール氏の理想的野心的外交からユルドゥルム首相の現実的かつプラグマティックな外交へ転換したということです。この転換によって、今やトルコは外交的な孤立から脱却しつつあります。その象徴的な表現が、昨今のサンクトペテルブルクにおけるプーチン大統領とエルドアン大統領との会談であったと、私は考えています。
●トルコ外交は、シリア問題をどう動かしていくか
この流れはユルドゥルム首相の下で引き続いていて、著しい緊張関係にあったイスラエルとの間にも修復がなされました。また、ムスリム同胞団に対して同情的だったかつてのトルコのスタンスを修正し、ムスリム同胞団やムハンマド・ムルスィー大統領を倒したアブドゥルファッターハ・エルシーシ大統領のエジプトとの関係の再調整も図られています。
こうした中、イ...