10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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坂本龍馬の「民主主義」は縄文人の生き方にまで行き着く

ほんものの坂本龍馬(6)質疑応答―日本古来の思想と精神

松浦光修
皇學館大学 文学部国史学科教授
情報・テキスト
三内丸山遺跡
坂本龍馬は、民主主義者だが「戦後的な民主主義者」ではない。彼の「民主主義」は、国学に支えられた尊王精神と国民の一体感が合わさったものだ。しかもそうした天皇と国民の一体感は、さかのぼれば縄文人の生き方にまで行き着く。皇學館大学国史学科教授・松浦光修氏が、壮大な日本史観を披瀝する。(講話「ほんものの坂本龍馬」を終えての質疑応答編その1、全10話中第6話)
時間:17:08
収録日:2015/11/28
追加日:2016/12/13
≪全文≫

●龍馬の「民主主義」が意味するのは「庶民の政治参加」である


質問1:講話では、龍馬が「戦後的な民主主義者」ではないとされていたが、では龍馬は「民主主義者」ではあったのか

松浦 民主主義は民主主義です。(龍馬は)幕末のころから、民主主義者です。日本では、薩土盟約の中にも、庶民を政治に参加させる、ということが、すでに慶応3年に出てきます。これは、まだ夢物語で、一度明治新政府ができて、有司専制の時代を経なければいけなかったのですが、大久保利通も、岩倉具視も、木戸孝允も皆、最終的には議会政治の完成を、そして庶民の政治参加までを、視野に入れていたと思います。そういう意味での民主主義です。

 ただ、これを「民主主義」と訳すと、君主と対立する概念として民主主義を使う人たちがいるので、非常に分かりにくいと思います。そこで、皇室ないし君主と対立する民主主義者の場合は、「戦後的な民主主義者」と呼びたいと思っています。

 また、昭和天皇がおっしゃったように、「五箇条の御誓文」が日本の民主主義の原点だということから考えれば、日本はずっと民主主義でやってきた、ということも言えると思います。もっとさかのぼれば、岩倉の書いたものの中にも、“日本は神代の昔から民主主義だ”と書いたものがあります。

 根拠は「祝詞」にあります。「延喜式」の「祝詞」の中に、「神集へに集へ賜ひ、神議りに議り賜ひて」という部分があります。これは、神様たちが集まって、議論して、天皇は地上においてこういう仕事をする、と決めました、ということです。こういうことが、「天孫降臨」の時に起こるのですね。すなわち天皇の使命はこういうものだ、ということを、神様たちが会議で決めたので、「万機公論に決すべし」というのは、実は神代以来の伝統でもある、ということといえます。

 そのため、これ(神代以来の伝統)に「民主主義」という言葉を使うと非常に混乱します。何か別の言い方を考えた方がいいのか、民主制と民主主義を言い換えた方がいいのかなど、いろいろまだ考えていますが、基本的に民主主義は民主主義だったろう、と思います。


●江戸時代の国学で再発見された日本の「民主主義」


松浦 江戸時代の国学で、それ(民主主義)が再発見されています。「美しき青人草」という言葉が『日本書紀』にありますが、国民を宝として見る、ということですね。その思想が、国学を通じて土佐藩に根付いており、「天保庄屋同盟」という団体ができています。「天保庄屋同盟」では、庄屋さんたちが、自分たちは天皇から命じられた直臣である、と考えたということですね。神代の昔から、自分たちはそういう「一君万民」の下の権利をきちんと持っているので、武士などより、ずっと偉いのだ、という発想が、農民の間にもあるのですね。

 それから、平田篤胤です。武市半平太は、平田篤胤の本を愛読していましたが、平田篤胤の言葉の中にも、“みんな日本人は神の末である”とあります。だから、天皇だけが神の子孫というわけではないのです。日本人はみんな神の子孫である、という発想が、江戸時代にすでに浸透していますので、自然に議会制民主主義を取り入れる筋はあったと思います。


●近世からの伝統があって、近代の思想は育まれる


松浦 ですから、古来の日本思想と外国思想を、どう融合させていったか、ということを、やはり詳しく研究していく必要がある、と思うのです。外国から教えられたから、そのまま入ったのではなく、古来より存在したものを...
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