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五箇条の御誓文が真の目的だった昭和天皇の人間宣言

五箇条の御誓文(1)昭和天皇の「詔書」の真意

松浦光修
皇學館大学 文学部国史学科教授
情報・テキスト
助け合って食糧難を乗り越えるよう
ラジオで呼びかける昭和天皇(1946年(昭和21年)5月)
wikimedia commons
日本が日本であるために必要なもの、それは「五箇条の御誓文」の精神だ。日本思想史を専門とする皇學館大学国史学科教授・松浦光修氏が、「御誓文」に込められた思想とその歴史的意義を丹念に解き明かす連続講話。第1回では、現代日本では見失われつつある、昭和天皇と「五箇条の御誓文」の深い関係を明らかにする。(全8話中第1話)
時間:13:30
収録日:2015/11/29
追加日:2016/12/30
≪全文≫

●忘れてはならぬ「祖国」の歴史と伝統


 「五箇条の御誓文」のお話をします。本年(2015年)は明治維新から147年ですが、私は子どもの頃に、世間が「明治維新100年」と言ってお祝いをしていたことを覚えています。当時はまだ子どもでしたから、100年というのが、とんでもない昔のように思えたものです。私は今年で56歳ですが、この歳になると100年というのも、それほど昔のことではない、と思うようになりました。

 何しろ私が子どもの頃、隣の家のおばあちゃんは「慶応生まれ」でした。つまりその頃はまだ、江戸時代に生きていた人が存命していたのです。そこから数えて40数年たちまして、さすがにもう江戸時代に生きていた人はいなくなりましたが、きっともう20~30年すると、大東亜戦争の頃に生きていた人も、いなくなるのでしょう。

 しかし、何年たとうと忘れてはいけない、ということがあります。語り伝えていかなければならないことも、あります。そうでなければ、日本は日本でなくなります。いや既に、今の日本は、日本でなくなりつつあるのではないか。日本は「気化」して、無機質でニュートラルな国に、水蒸気のように蒸発しつつあるのではないか。皇室や、国旗・国歌にも敬意を払えない人。誇りある祖国の歴史を知らず、まともな日本語、敬語さえ通じなくなる人々、あるいは話せなくなっている人々が増えています。チベットやウイグルの人々の無念は、決して今の日本人にとって、他人事ではないと思います。

 その誇りある長い祖国の歴史の上でも、明治維新というのは、本物の日本人なら、涙なくしては語れない歴史であったはずです。これは、小林秀雄がそう言っています。ところが今は、そうではない。今の学校の歴史教科書を読んでいると、明治維新は“アジア侵略を目的とした無謀な戦争へのスタート地点”としか見られない仕掛けになっていますし、明治維新や志士たちを否定する本も、いっぱい出回り、多くの人がだまされています。

 そういう意味で、あるいは私たちはチベットやウイグルの人々以上に、“心の中の祖国”を失いつつあるのではないかと、私は近頃思っています。その消された記憶は、回復しなければなりません。今日はその記憶回復の手始めとして、「五箇条の御誓文」の精神についてお話をします。


●「詔書」に込められた昭和天皇の「思い」とは


 まず昭和52(1977)年、那須の御用邸で行われた昭和天皇の記者会見のお言葉を見ていきます。昭和21(1946)年の「新日本建設に関する詔書」についてです。世間では「人間宣言」と言っていますが、あれは誰かが勝手に付けたタイトルに過ぎません。その始めに、実は「五箇条の御誓文」が入っているのですが、それは陛下ご自身のご希望でしたでしょうか、と記者が昭和天皇に質問した時、昭和天皇はこうお答えになっています。

 「それ(「五箇条の御誓文」を入れること)が実はあの「詔書」の一番の目的であって、神格とか、そういうことは二の次の問題でした。当時、アメリカその他の諸外国の勢力が強く、日本が圧倒される心配があったので、民主主義を採用されたのは、明治天皇であって、日本の民主主義は、決して輸入のものではないということを、示す必要があった。日本の国民が誇りを忘れては、非常に具合が悪いと思って、誇りを忘れさせないために、あの宣言を考えたのです。」

 「誇り」というのは、要するに「自己肯定感」のことです。一般に「人間宣言」などと称される昭和21年の年頭の「詔書」で、一番大事なのは、「人間宣言」の部分ではなく、日本の民主主義が輸入のものではない、ということを国民に示すことであったと、昭和天皇は仰っています。大事なところは、そうしなければ国民が誇りを忘れるかもしれない、そうなっては非常に具合が悪いと思い、日本人に誇りを忘れさせないためにあの宣言を考えた、と仰っていることです。

 人間は何を失っても、誇りさえ失わなければ、再び立ち上がることができます。財産を失っても再び築くことができます。ケガをして病気をしても、再び立ち上がることができます。しかし誇りを失った人間は、もう立ち上がれません。昭和天皇は、そこのところを、よくご存知で、一人でGHQの洗脳政策に抵抗されていたのだと思います。

 要するに、GHQの占領政策は、日本人から日本人としての誇りを失わせようとしている、ということを昭和天皇は見抜かれており、それに抵抗されていた。その抵抗のために、「人間宣言」の始めに、「五箇条の御誓文」を掲げられたわけです。


●国民よ、誇りを失うなかれ


 この点に関連して、小堀桂一郎先生がこう指摘しています。

 「『占領という名の追撃戦』に対し、当時の日本の知識人は...
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