10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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日本と西洋のリーダー像の違いはどこにあるのか?

五箇条の御誓文(6)質疑応答―「祈り」とリーダーシップ

松浦光修
皇學館大学 文学部国史学科教授
情報・テキスト
皇居(正門石橋)
絶対王政下の君主と「現人神」はどう違うのか。西欧と日本のリーダーシップの違いは何か。皇學館大学国史学科教授・松浦光修氏によれば、まず必要なのは「神」概念の違いを理解することで、その違いが日本のリーダー像にも影響するという。日本的リーダーシップの理想の姿は、「祈る」天皇にある。(講話「五箇条の御誓文」を終えての質疑応答編その1、全8話中第6話)
時間:10:44
収録日:2015/11/29
追加日:2017/01/17
≪全文≫

●まず押さえるべきは「神」概念の差異


質問1:日本的なリーダー像と西洋的なリーダー像の違いは何か。また、王権神授説のように神と王をつなぐ発想と、かつて言われた「現人神」の発想は、どう違うのか

松浦 まず神の概念が違います。その前に、近代日本人が実は完全に西洋化していることを踏まえておかないといけません。もう亡くなられた私の同僚で神道を教えた方が、学生さんにアンケートを取りました。白い紙を渡して、神様のイメージを丸で書いて表してくださいと言うと、みんな一つ、丸を書いて出す。つまり、これは一神教なのです。今の日本人は、神というと一神教のイメージがあるのですね。

 しかし、それは間違いです。本居宣長の言葉によれば、神というのは、尊い神から卑しい神に至るまで、すべて神なのです。その意味で神という言葉や概念を考えていかないと、「現人神」といった場合の「神」が、まるで“西洋のゴッド、イコール天皇”とイメージしているような誤解を招いてしまう。こういうことなのですね。それくらい、日本の神概念は西洋化してしまっています。

 例えば、うちの大学(皇學館大学)は神道の大学ですので、創立130周年の時、安倍晋三先生に来ていただきました。安倍晋三先生のおじいさまである岸信介さんが、うちの総長でいらっしゃいましたので、安倍晋三先生に来ていただいて、いろいろなイベントをしました。

 実は平安時代や中世には、神像(神様の像)というのがあるのですね。普通、仏像はいっぱいありますが、神像というのはめったにお目にかかれない。創立130周年の時、これをお借りしてきて、うちの博物館で展示したことがあります。私も見に行きました。

 例えば、女神というと、現代人はどういうイメージを持っているでしょうか。多分ハリウッドの女優さんみたいなイメージで、女神を考えているところがあると思います。しかし、中世のころの女神像を見に行くと分かるのですが、「おたふく」さんに見えます。(日本では)あれが女神なのですよ。

 このように、昔の日本人の神の概念と、われわれ現代人、近代人の神の概念は、そもそも違います。このことから、現人神といった場合、天皇を絶対神にしたという誤解が生じているのではないか、というのが一つの説明ですね。

 平田篤胤が言っているように、日本人は皆、神の子孫ということになります。人だけではなく、神道では草の神もあれば、土の神もあり、風の神もある。あらゆるものに神が宿るというのが、日本人の神観念であった。ということであれば、天皇もまた神である、ということになるわけです。


●「祈る」というリーダーシップ


松浦 もう一つの、リーダーシップについてです。が、武家の世界ではむろん先頭に立って戦わないといけないといった織田信長的リーダーシップもあります。しかしもう一方のリーダーシップは、幕末のときで言えば、孝明天皇のリーダーシップです。

 孝明天皇の時代、幕末のころになると、今まで政治とほとんど関係のなかった朝廷が、政治の中心になっていきます。そのとき孝明天皇が何をされたかというと、もうひたすら祈りを捧げられたのです。伊勢神宮をはじめ「七社七寺」に祈られ、“夷狄がおとなしく帰りますように”、“国内が穏やかに治まりますように”と、“民安かれ国安かれ”の祈りを捧げ続けられます。この孝明天皇のお姿は、明治、大正、昭和、そして今上陛下にもつながっていきます。こういうリーダーシップもあるわけです。

 ひたすら神に祈る。...
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