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憲法における政教分離という考え方は正しいのか?

五箇条の御誓文(7)質疑応答―政教分離問題を考える

松浦光修
皇學館大学 文学部国史学科教授
情報・テキスト
伊勢神宮
皇學館大学国史学科教授・松浦光修氏が、「日本的革新」の視点から、政教分離問題を考察する。アメリカでさえ、生活と宗教は密接なつながりが認められているのに、戦後の日本は、それをあまりにも厳格に分離させてきた。よって憲法改正の問題も、戦後の司法が守ってきた政教分離原則を視野に入れる必要がある。(講話「五箇条の御誓文」を終えての質疑応答編その2、全8話中第7話)
時間:11:15
収録日:2015/11/29
追加日:2017/01/20
≪全文≫

●「あえて朽ちさせる」という日本古来の深い知恵


質問2:戦後の詔書がそうであったように、「五箇条の御誓文」に通じる、伝統に立脚した「進取」の精神が大切だということか

松浦 (日本的革新とは)更地にすることではないのですね。やはりリメイクすることなのです。だから伊勢神宮は、建て替えはするのですが、全く同じものに建て替えるのですね。

 伝統に即したものを新品にするという形で残すから、神宮には悠久の歴史、例えば弥生時代の倉庫のかたちそのものが、今も新品で残り、当時の人たちが感じていたような建物として、われわれも拝むことができる。この日本人の深い知恵というのは、すごいと思います。石造りやコンクリートでつくろうと思えば、それはいくらでもつくれますが、それは、もう伊勢神宮ではないです。

 ギリシャのパルテノン神殿は、今も廃墟は残っていますが(かつてのような)祀りの場ではありません。伊勢神宮は、今も祀りの場として生きています。そういった日本の文明、文化というものの本質は、伝統に基づく革新ということだと思います。

 「維新即復古」。これは西田幾多郎さんが、昭和天皇へのご進講の場でおっしゃったことです。哲学者で『善の研究』を書いた西田幾多郎さんが、昭和天皇にご進講している記録が残っていますが、その中で、維新は「即復古」である、ということを述べています。

 また、持統天皇の頃に式年遷宮は始まるのですが、あの当時から、既に法隆寺をつくる技術はありました。だから今、法隆寺が残っているように、1,000年ほど続く建築物をつくる技術はあったのに、あえてそれを使わず、わざと朽ちていく建物をつくった。そして、朽ちていこうとする寸前で、全く同じものを次の世代の人たちがつくっていく。さらにそれが朽ちれば、また次の世代がつくる。人が生き変わり、死に変わるように、建物も生き変わり、死に変わっていって、しかし原形をずっと保ち続ける。これが、他のどこの国の文明にもない日本人の知恵なのです。アーノルド・トインビーが、“すべての宗教の統一性をここに感じる”と言ったのは、その通りだろうと思います。だからこそ、1,400万人もの人が遷宮の時、伊勢神宮に参拝に来る。

 しかし戦後の学校教育では、伊勢神宮の「い」の字も教えてもらわない。天照大神の「あ」の字も教えてもらわない。だから、「あい」がないと言っているわけです。この「あい」のない教育の時代でも、遷宮となれば1,400万人の人が、ある意味、不便なところにやって来るというのは、日本人はやはり何かを求めている、何かを見つけたがっている、ということです。けれど、まだ見つからない。しかしそれは、いつか示されるときがくるだろうと、私は思っています。

 安倍政権が、今あれだけ、マスコミから叩かれ続けているにもかかわらず、支持率が落ちないというのは、多分安倍晋三さんが、日本のその歴史や伝統というのを分かった人だからです。政治家だから、言えないこともいっぱいありますが、多分あの人は分かってくれている、という思いが、多くの国民に共有されているからではないか、と思います。


●「宮中祭祀」はテニスと同じもの?


質問3:今の日本人が抱くような、憲法における政教分離という考え方は正しいのか

松浦 GHQが残した日本壊滅のプログラムが、今でも作動し続けていて、それを利用している反日勢力の人たちが、「(日本国)憲法こそ味方だ」ということで、それを盾にして、日本人の伝統的な信仰を破壊しようとしているのだ、と思います。だから60年安保の時、中国共産党から日教組に、「あなたたちの国に革命を起こすには、まず皇室と神社から国民の心を切り離さないとだめだ」という指示が出ています。日教組は、これを今も全国的にやっていますね。ですから学校では、伊勢神宮に参拝に来るのかな、と思ったら、来ない。(あくまでも)見学で終わる。参拝は絶対しないのです。

 同様に、政教分離で言えば、例えば宮中祭祀です。これは、今の法律上では天皇の「私的行為」に当たります。私的行為とは何か。陛下は若い頃、テニスをされていましたが、これも私的行為です。(だからといって)それと宮中祭祀は法律上では同じなのか。こんなバカなことはないのでないか。私は常々、政治家の方にお会いするたびに、そう言っています。

 だから憲法改正は、むろん9条などの問題はいろいろありますが、この政教分離のところも重要になってきます。戦前には、皇室関係の祭祀に関する法律がたくさんありましたが、GHQによって、すべて一挙に廃止されてしまいました。

 ただし宮中では、それでも粛々と、たとえ「私的行事」とおとしめられても、変わらず両陛下の祈り...
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