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『日本 呪縛の構図』は日本に興味ある人に向けた日本入門書

日本 呪縛の構図(1)本書を書いた理由(通訳版)

R・ターガート・マーフィー
筑波大学名誉教授
情報・テキスト
『日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来』(上)(R・ターガート・マーフィー著、仲 達志・訳、早川書房、2015年)
筑波大学名誉教授R・ターガート・マーフィー氏は40年に及ぶ期間を日本で過ごしたが、いったい彼には日本がどう映っていたのか。上梓した『日本 呪縛の構図』の内容を基に、日本の過去・現在そして将来像を語ってもらった。第1話では、『日本 呪縛の構図』を書いた理由が明かされる。(2016年12月6日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「日本 呪縛の構図~この国の過去、現在、そして未来」より、全6話中第1話、通訳:福原利夫氏)
時間:10:02
収録日:2016/12/06
追加日:2017/01/29

●『日本 呪縛の構図』を書いた理由


Murphy : I wanted to, this book that Mr. Kamikura mentioned; I actually never intended to write it. I had written a number of books about - and articles about Japan’s political economy and the way it intertwined with the hedge money of the U.S. dollar, but I didn’t think I had anything new to say on the subject.

福原(通訳):この『日本 呪縛の構図』という本ですが、当初このような本を書く予定は全くありませんでした。というのは、日本に関する私の本や記事はありとあらゆるところで出ているし、もうほとんど語り尽くされているという感じだったのですが、あることが起こり、この本を書くことになりました。

Murphy : But when I was at Oxford University Press, invited me to write this book and I accepted their invitation, partly because they are very prestigious publisher and partly because I realized that doing it, doing this book, will give me the opportunity to put down a lifetime worth of reflections.

福原(通訳):非常に著名なオックスフォード・プレスから、日本について書いてみないかという声が掛かったことがきっかけとなり、このお誘いを受けたのです。出版社がオックスフォード・プレスですから、やってもいいかなという気になりました。


●初来日から現在まで


Murphy : I first came to Japan as a 15-year-old schoolboy. I was only here for a few months, but the experience transformed my life. And it is not a coincidence for the way this book took shape that the first place I lived in Japan was Sendai.

福原(通訳):私が最初に日本に来たのは、15歳だった学生の時です。日本で最初に住んだ町は仙台で、皆さんご存じの通り、仙台はいろいろなことが起こりましたので、今思えば非常に運命的だったと思わざるを得ません。

Murphy : My father was a visiting professor at Tohoku University. So you can say that Sendai is my Japanese furusato. And just as I began to start work on this book, the Tohoku, Great Tohoku earthquake happened. And the scenes on television of the devastation in town such as Ishinomaki and Kesennuma really tore my heart, because these were place that I knew and they were places that of which I had very fond memories. Fortunately, I lost no one close to me in the disaster, but I heard many heart rending stories from friends and that may have led the sense of urgency to my writing.

福原(通訳):自分の父親は学者で、東北大学の客員教授として招へいを受けたことで、家族の一員として15歳の時に初来日したわけですけれども、その数十年後(5年前、収録時現在)に例の東北大地震が起こりました。その時は本当に他人事とは思えず、幸い、関係のある友人や知人は皆さん無事で、ほっとしました。しかし、ちょうどこの本の原稿を書き始めた直後に大地震が起こったということで、「ああ、これは早く書かなくてはいけないな」と思い、本腰を入れたという背景があります。

Murphy : Anyway, when my family and I went back to the States after that first visit to Japan back in 1968, I really wanted to learn more. So I applied to Harvard, to which Edwin Reischauer had just returned as professor after being Ambassador in Tokyo. As a schoolboy, I admired Reischauer enormously. He was very handsome, charismatic man and I wanted to learn from him.

福原(通訳):その初来日が1968年でしたが、やはり日本への興味は増大するばかりでした。ご記憶のある方もおられるかと思いますけれども、当時、E.ライシャワー大使が東京におられ、大使を終えてちょうどハーバード大学に教授として戻られた時期でしたので、昔から尊敬しているライシャワー教授の下で勉強したいと思い、ハーバード大学を受験しました。ライシャワー教授は、ハンサムでカリスマ性もあり、ぜひとも彼の下で学びたかったのです。

Murphy : After I graduated Harvard, I returned to Japan on my own. First I went back to Sendai for a little while and then I came here to Tokyo. And except for a few years when I went back to the States to get an MBA and work a few years in New York and a year spent in London, I spent most of my adult life in Japan.

福原(通訳):ハーバード大学に合格し、卒業した後、私は一人で仙台に戻りました。2年ぐらい滞在しましたが、その後ハーバードビジネススクールに行き、金融業界でキャリアとしては、アメリカの...
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