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横綱審議委員会メンバーが語る「稀勢の里の横綱昇進」

稀勢の里、横綱昇進への道

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
稀勢の里
稀勢の里は2017年大相撲初場所で優勝し、横綱昇進を決めた。横綱審議委員会メンバーでもある歴史学者・山内昌之氏が、横綱昇進前6場所のデータから稀勢の里の強さを分析。山内氏の一相撲ファンとしての素顔ものぞかせつつ、稀勢の里の横綱昇進について語る。
時間:14:58
収録日:2017/01/26
追加日:2017/02/03
カテゴリー:
≪全文≫

●人生のフェアウェイを進む稀勢の里の横綱昇進


 皆さん、こんにちは。ご案内のように日本相撲協会は、2017年1月25日の両国技館で開かれました春場所の番付編成会議と臨時理事会において、初場所優勝を飾った稀勢の里を横綱に昇進させることを正式に決定しました。私個人としても大変深い感慨があります。と申しますのも、私は横綱審議委員会(以下、横審)の一員として、稀勢の里の横綱昇進に関わる議題について、幾度となく関わってきたからです。

 ちょうど1月23日月曜日の横審において、八角理事長の諮問に答えまして、委員全員が一致して稀勢の里の横綱昇進を是とする(賛成する)ということになりました。誠にめでたいことであり、感慨深いことでした。

 また、内輪のことになりますが、横審の委員長であった守屋秀繁先生はもともと千葉大学医学部の整形外科学教授でいらした方ですが、大の好角家、相撲ファンでもあります。ちょうどその守屋先生が任期を終えてこの場所を最後に退任されるというその日に、今回の横審があり、そして稀勢の里の横綱昇進が決定したということは、私たち個人にとっても大変喜ばしいことでした。

 いろいろな意味で男の花道、あるいはゴルフでいうところのフェアウェイという言葉がありますが、人生のフェアウェイというものをいろいろな形で究めていく、あるいはそこを進むことができるということを、私は歴史学者として、さまざまな人たちの生きざまを見つめてきた者として、今回の横綱昇進を重たく、かつ嬉しく受け止めた次第です。


●白鵬、稀勢の里の相撲史上に残る横綱相撲


 稀勢の里の人となりについては、いろいろ語られていますが、私はちょうど千秋楽に東の土俵下の溜り(審判員・力士・行司などが控える場所)で勝負を見ていました。

 東方は白鵬関であり、白鵬のまさに怒濤のような寄りと言った方がよろしかったかと思います。立ち合い直後に白鵬が張り差しをしようとしたのですが、その張りをする前に稀勢の里の左が即座に入り、左をつかまえました。その左でつかまえていたにもかかわらず、白鵬はすごいスピードであっという間に西側の徳俵の方に向かって寄り切っていく体勢を整えたのです。そこで、普段の白鵬よりもやや力が拡散したような感じを受けましたが、しかし、一目見ただけで(at a glance)非常に早い出足で圧倒し、稀勢の里を土俵際に追い詰めたため、稀勢の里はそっくり返りました。いわゆるフィギュアスケートのイナバウワーのような形、さらにそれよりもぐっとそっくり返りながら、少しずつですが左の方へ体をかわし、そして得意の左差しというものを生かして見事にその圧力をかわし、すくい投げを打つという大変大きな相撲を取ったのです。

 これは稀勢の里に対して寄りに寄った白鵬も大変立派な横綱相撲でしたが、同時にあのぎりぎりのところで、西の土俵の俵のところでこらえて、左からすくい投げをかけていくあの稀勢の里の技量というのは、まさに横綱相撲という他ありません。すなわち、今回の勝負は誠に見事で、寄りと左からのすくい投げの勝負という非常に素晴らしい一番として、好角家の、また相撲の歴史上に記録と印象を残す名場面として輝くであろうと思います。

 こうした流れを見て、そして成績の実績を判断して、横綱審議委員会、また相撲協会理事会は稀勢の里の横綱昇進を相当とするという結論に達したのです。誠にこれは、私たちからすれば、国民あるいは好角家の大方の支持を得られる判断ではなかったかと思われます。


●稀勢の里の安定した強さを物語るデータ


 資料をご覧いただきますと、よく言われているのは、稀勢の里が昨年(2016年)度におきまして年間最多勝であったということです。つまり、横綱3人を超えて年間の勝ち星が一番多いという立派な成績を占めていることは語られているのですが、もう一つのデータはあまり語られていないのです。そのデータは、横綱昇進前6場所の成績を見ていくとどうなるか、というものです。

 今、示しているのはそのデータで、稀勢の里は平成28年3月場所から平成29年の1月場所、すなわち今回の優勝に至るまでを見ますと、勝率はこの6場所で0.82になっています。0.82という数字は、同じ場所で(昇進という点で)比較した場合、朝青龍関の0.80を上回っている大変立派な成績なのです。

 あえて現在の横綱たちと比較する数字を挙げておきますと、現在の横綱たちで0.82に及んでいる力士たちはいないのです。白鵬、日馬富士、鶴竜、いずれも0.7台か0.6台です。白鵬にいたっては、誠に意外なことですが、6場所の平均は0.66という数字になっています。というのは、平成18年11月場所において白鵬は大関在位の時に全休をしているからです。全休は負けとしてカウントすることになりますから当然のことなのですが、0.66とい...
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