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進化生物学から見る「母親の子殺し」

進化生物学から見た少子化問題(1)近代以前の嬰児殺

長谷川眞理子
総合研究大学院大学長
情報・テキスト
「近代以前の社会は母親の子殺しに割と寛容だった」と、総合研究大学院大学理事で先導科学研究科教授の長谷川眞理子氏は語る。ヒトは昔から母親による子殺しが多いという。なぜかつて母親の子殺しは許されたのか。長谷川氏が進化生物学の観点から語る。(全5話中第1話)
時間:15:58
収録日:2016/11/25
追加日:2017/03/10
≪全文≫

●誰が生まれてきた子どもの世話をするのか


 総合研究大学院大学の長谷川眞理子です。今日は進化生物学から見た親の配偶と繁殖、子育てを土台に、現代社会の虐待や子殺しを普通とは違った目で分析してみたいと思います。動物一般の配偶や子育ての理論的な枠組みに、人間の配偶行動、子育て行動を乗せて考えていきます。

 動物は次の瞬間に何をするか、次の一歩をどう踏み出すかを常に選択し、決めなくてはなりません。その意味で、その動物がどう思っているかどうかは別として、全ての動物は意思決定者です。動物の脳は、外部のさまざまな情報を取り入れ、さらに体内の情報も参照して、今何ができるのか、何をすればうまくいくのかを、あるアルゴリズムで判断し、いくつかの選択肢から最適だろうと思われる行動を決めています。誰が生まれてきた子どもの世話をするのかということも、一種の意思決定と考えられます。

 もちろん、子育てをまったくしない動物はたくさんいますし、多くの哺乳類のように雌親だけが子育てをして、雄親は何もしないという種も普通にあります。また、受精卵が雌の体から産み落とされて、目の前に卵がある場合、雌だけでも雄だけでも育てることができます。そこで雌がどこかに行ってしまえば、雄親が育てるのです。魚やカエルなどでそうしたケースがよく見られます。両親がともに子育てをするのは、スズメやツバメなどの鳥で有名ですが、キツネやタヌキなど哺乳類の一部にもいます。それから、これは以前に10MTVでお話ししましたが、親だけでなく、血縁があってもなくても周囲の個体が一緒に子育てをする、共同繁殖の種が少しだけ存在します。


●ごく一部の動物だけは自分の子どもを殺すことがある


 自分の子どもを殺すという行動は、生物学的にはあまり見られません。なぜなら、わが子を殺してしまうことは、自分の遺伝子の継承者を消してしまうことだからです。ただし、よその子を殺すことはしばしば起こります。よその子は自分の遺伝子とは無関係ですから、自分や自分の子とコンフリクトすれば、殺してしまうのです。

 例えば、ライオンの雄は群れを乗っ取ったときに、前のライオンの雄が残した個体を全てかみ殺してしまいます。同じように、サルも一夫多妻の雄が追い出されて、新たな雄が妻たちの中に収まるとき、新たな雄は前の雄が残した乳児を殺してしまいます。それは、前の雄の子を育てている間、雌が発情しないからです。新たな雄には雌が離乳するまで繁殖を待っているような暇はありません。自分もいつ新たな雄に追い出されるか分からないからです。短い時間の中で自分の遺伝子を何とかして残すためには、前の雄が残した乳児を殺し、すぐに雌を発情させることが適応的な戦略なのです。それはもちろん、雌や子どもにとっては大迷惑なことですが、雄にとっては進化的に見て広がりをもたらすことになるのです。

 例外として、ごく一部の動物だけは、自分の子どもを殺すことがあります。多数回繁殖することができる寿命の長い動物で、次の子育てのチャンスがまだ残されている場合、そのときの子育てがうまくいきそうになければ、子育てをやめることができます。もちろん、子どもができたけれども今はうまく育てられないから捨てようかということは、人間社会の倫理では許されないことですが、生物の行動選択としてはあり得るのです。実際に、子どもを捨てたり、流産したり、子どもを殺したりして、子育てをやめる例があることが知られています。


●近代以前の社会は母親の子殺しに割と寛容だった


 古今東西の記録や資料を探ってみると、ヒトは昔からかなり子殺しをしていることが分かります。しかも、母親自身による子殺し、嬰児殺が多いのです。もちろん、人を殺すことは世界中どのような社会でも悪いことだと考えられてきました。しかし、子育てが難しい状況での嬰児殺は、悪いこととはいえ、容認した社会がいくつもあったのです。近代の国民国家が立ち上がり、法律ができ、人権意識が芽生えると、殺人は全て罪になるのですが、それ以前の小規模で伝統的な社会では、一般の殺人と区別され嬰児殺が容認されてきたということです。

 そうしたことを見てみると、物理的な環境や資源がないとか、動物でいえば餌が足りないとか、季節が悪いなど、人間の場合なら、狩猟採集民や焼畑農耕民たちの小さな集団で非常に食糧難だというときに生まれてしまった子どもは、殺してしまっても仕方がないと思われていたということです。また、奇形があったり、明らかに体が弱かったりする子どもは、近代以前はほとんど救われませんでしたから、殺すことも致し方ないと考えられてきたのです。

 それから、社会的な状況が良くないという理由でも子殺しが行われてきました。その子どもの出自に問題があったり、親をめぐる状況が悪...
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