10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
10MTVオピニオンは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
このエントリーをはてなブックマークに追加

子どもの虐待の問題はどうしたら解決するのか?

進化生物学から見た少子化問題(2)現代の虐待リスク

長谷川眞理子
総合研究大学院大学長
情報・テキスト
「虐待はしてはならない行為だ」「母親なのになぜ虐待するのか」「虐待をする母親には人権の意識がない」などと言っても、子どもの虐待の問題は何も解決しないと、総合研究大学院大学理事で先導科学研究科教授の長谷川眞理子氏は言う。では、いったいどうしたらいいのか。なぜ虐待は起こるのか。長谷川氏が進化生物学の見地から語る。(全5話中第2話)
時間:19:09
収録日:2016/11/25
追加日:2017/03/17
≪全文≫

●避妊、堕胎、嬰児殺、捨て子と虐待やネグレクトは一連


 前回、共同繁殖のところでも少し話をしたと思いますが、ヒトは何でもいいから子どもをつくれば、その子どもがすくすく育つという生き物ではありません。子育ては大変なのです。ですから、ある男と女が惚れ合って性行為をした後、受胎から、妊娠、出産、その後に長く続く子育てまでの全ての段階で、親が「この子育てはうまくいかないかもしれないからやめたい」と思う可能性が出てくるのです。

 前回のレクチャーでも説明した通り、共同体が認めないような男女の関係はたくさんあります。普通は、共同体が認めないことが分かっているから不倫をしないようにするし、別の部族の男との行きずりの関係などをしないようにするわけです。しかし、一方でヒトはいつ惚れるかどうか分かりませんから、そういう関係はどうしてもできてしまいます。もちろんそうしたとき避妊はどうかというと、かつて伝統的に長い間、避妊行為は確かなものではなく、どうしても受胎してしまう可能性がありました。また、受胎をしても堕胎(中絶)することはできるのですが、その場合、近代の医療が発達するまでは(母体にとって)危険で、その成功率も低かったのです。

 そこで、9カ月の妊娠期間ののち、生まれてきてから「育てられない」として嬰児殺をすることがよくあったのです。殺さないにしても、捨て子をするという選択肢を選ぶ人が数多くいました。事実、ルネサンス時代のヨーロッパの教会にはたくさんの捨て子養育院があったのです。

 嬰児殺もせず、捨て子にもせずに子育てを始めたけれども、やはり子育てがうまくいかないというときに、子どもをかわいがろうとするスイッチが入らず、虐待やネグレクトが始まると思います。その意味で、避妊、堕胎(中絶)、嬰児殺、捨て子と、虐待やネグレクトは、人の子育てにおける長い時間の中でどの時点で「それは良くない」と思ってやめるかという判断において一連のことなのだと考えた方が良いと思います。


●昔からの嬰児殺の3つの理由は、現代社会でも当てはまる


 「物理的な資源がない」「身体的に弱く生き残れそうにない」「共同体が認めてくれそうにない」という昔からの嬰児殺の3つの理由は、現代社会でも同じように当てはまります。つまり、お金や職がない、子どもに障害や疾患がある、片親や継父・継母であるという理由で、虐待やネグレクトが行われるケースが多いのです。

 例えば、子持ちの女性が新しい男性パートナーと暮らす場合、継父はわが子ではない子どもをあまり育てたくないと思うことがあります。一方、母親の方は実の子をかわいい、きちんと育てたいと思ってきたのですが、新しいパートナーがその子をかわいがってくれず、新しいパートナーとの間に新たな子をもうけるチャンスが十分にあれば、前のパートナーとの子を育てることをやめて、新しいパートナーとの子をつくるチャンスに賭けようという気持ちが働くケースがあります。すると、前のパートナーとの子をかわいがるスイッチが入らなくなるのです。

 このように、母親が子どもを育てたいという気持ちのスイッチがはいるかどうかは全ての段階にあるのです。このことが分からないと、子殺しや虐待、ネグレクトなどの現象は十分に理解できないのだと思います。


●実の父母がそろわない家庭の虐待リスクは非常に高い


 私はいろいろなデータを持っているのですが、その中に、日本の子どもの虐待死のデータがあります。日本では、虐待やネグレクトによる子どもの死は、殺人ではなく傷害致死にカウントされることが多いですし、そもそも子どもが虐待によって殺されたという統計項目はありません。そこで私は、特別に警察庁から(2009年~2010年の)1年分のデータをもらいました。それから(2011年に、)地方紙全てに掲載された虐待による子どもの死亡事件、傷害事件を1年間集めました。さらに、厚生労働省が虐待死について2007年から2009年までレポートをつくっていますので、それも見ました。

 警察庁からもらった2009年~2010年の虐待死は46例、2011年の地方紙に掲載された新聞記事は82例、厚生労働省のレポートが64例です。これを集めて、いろいろと分析してみました。そうすると、死亡した子どもは圧倒的に0歳児が多く、大きくなるにつれてだんだん減っていき、6歳以降はぐっと少なくなります。つまり、6歳まで、特に0歳児の赤ちゃんの虐待死リスクが高いのです。これは子育てが一番大変なときで、子どもが泣いて意思疎通ができず、エネルギー的にも認識的にも親には最も負担が大きい時期であるため、そうしたときに親が「もう駄目」となって虐待や殺害を犯してしまうことが多いことが分かります。

 虐待者は誰かというと、母親、父親のどちらも多く、両親ともにというケースもよくあり...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。