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トルコのシリアへの軍事介入の背景と経緯

中東の新たな地政学的変動(2)トルコの標的

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
歴史学者・山内昌之氏がシリアを中心とした中東の新たな地政学的変動について解説するシリーズ講義第二話。トルコの北シリアへの越境軍事行動は地政学的に見ても注視すべき要因が多々ある。エルドアン大統領がIS掃討とともに重視している軍事作戦はいかなるものか。トルコが長年の敵ロシアと歩み寄っているのはなぜなのか。(全5話中第2話)
時間:13:18
収録日:2017/02/22
追加日:2017/04/04
カテゴリー:
≪全文≫

●結束できない自由シリア軍の下、揺れるシリア情勢


 皆さん、こんにちは。前回に引き続き、特にシリア情勢について語ってみたいと思います。

 シリアの反政府勢力は、もともとFSA(自由シリア軍)という組織を中心にして進んでいましたが、これらの反政府勢力はいわばバラバラであり、事実上、統一戦線を組むこと、すなわち結束ができずに今日に至りました。彼らは今や、自分たちの組織と運動を温存するための努力で精一杯でした。その間隙に乗じて、北シリアにおいて大きな変動が生じたわけですが、それが前回もお話ししたクルド人の存在です。


●トルコの軍事介入とクルドYPGの勢力でISは放逐


 少し分かりやすい地図でご説明します。ご覧いただいているトルコの南にあるFSAが自由シリア軍です。この自由シリア軍がこのように独立した領域を持つようになったのは、トルコが昨年(2016年)介入して軍事干渉を行い、シリアに軍隊を進めてFSAを助け、そこからIS(イスラム国)を放逐して、クルド人の兵力の間にくさびを打ち込んだからです。

 地図の、PYDと書いてある部分に気を付けて見てください。PYDとはクルド民主統一党とでも訳すべき団体であり、その軍事部門にある組織がYPGであり、クルド人保護部隊という意味を持っています。この組織の位置をご覧いただき、そして、ずっと南までISがトルコ軍の介入によって放逐されたというように考えていただきたいのです。


●「ユーフラテスの盾」作戦とクルド人自治行政の攻防


 この時、トルコ国境に接したところにマンビジュという地名が見えますが、ここより東、すなわちユーフラテス川よりも東にクルド人兵力をなんとかして追い払いたいというのが、トルコ軍の作戦目的の一つで、これを「ユーフラテスの盾作戦」といいます。

 もう一つ、アザーズという地名を見ることができますが、このアザーズから西の地域において活躍しているのが先ほどのクルド民主統一党(PYD)であり、その武装団体のYPG(クルド人民防衛隊)です。これらの勢力が伸びていて、今やこの地域において彼らは、イラク北部にクルド人自治区をつくったように、そのセミ版、あるいはそれに倣ったイラク型の自治行政をつくろうとしているのです。

 このクルド人兵力が東西から合体して、トルコのスンナ派アラブ世界へのアクセスを遮断する。また、オスマン帝国時代に、南方の同じスンナ派のシリアやレバノン、ヨルダン、さらにサウジアラビアの北方に至るまで、もともとカリフとして大きな影響力のみならず統治権力を持っていたトルコの国益にとって、スンナ派のアラブ世界とのルートをクルド人、あるいはISによって遮断されることは、最悪のシナリオなのです。つまり、トルコの安全保障上の最大の脅威が、南クルド人の自治国家として現出することは最大の悪夢であり、これをなんとかして止めたいのです。


●トルコにロシアとの講和を決断させた2つの脅威とある諺


 こうした構造的な変動は、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領に、あることわざを学び、追求させることになりました。トルコでも流布しているというのは、こういうことわざです。「もし、お前の敵を打ちのめせないのならば、奴に加われ」。どういうことかと言うと、もし、トルコにとってロシアというものを屈服させられない、あるいは言うことを聞かせられないのならば、ロシアと同じ隊列に加われという意味で、これはすこぶる長い歴史の経験を考えた場合に、トルコ人にとって痛切な教訓ということになるのでしょう。

 皮肉なことに、トルコをロシアのもとに追いやることになって関係を修復したのはまず、トルコ国内において、シリアと同じようにクルド民族運動が脅威を与えているということです。もう一つは、2016年の夏、ギュレニストによって影響を受けた国防軍の一部の将校や将軍たちによるクーデター未遂事件でした。

 この2つの大きな脅威は、あえていえば歴史的には実在していた脅威です。北の黒海カフカースから、あるいは今は南のシリアから、安全保障の面でロシアがトルコに対して危機感を与えていることは間違いない事実です。しかし、こうした憂慮よりも、まずクルド民族運動によってトルコが分断されてしまうという脅威、あるいはトルコ国内において自らの権力基盤を打ち壊すようなギュレニストやそれによって影響を受けた国防軍のクーデター未遂、それにつながる人間たちを放逐することが、ロシアとの平和、あるいは講和を模索させる主な要因になったということです。

 つまり、先ほどのことわざにいう「もし、お前の敵を打ちのめせないのならば、奴に加われ」ということ。すなわち、ロシアはよく知っている敵であり、よく知らない敵、あるいは信頼できない敵よりは、長年の歴史的経験で信頼できる敵でもある、ということ...
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