●トルコがISとクルド人を駆逐した、ユーフラテスの盾作戦
皆さん、こんにちは。前回は地図などを多用したこともあって、少し竜頭蛇尾と申しますか、最後が十分にお話しできませんでした。
ユーフラテスの盾作戦とは何かというと、ISの駆逐だけが目標ではありません。シリア・クルド人の一掃、そしてトルコのクルド人反政府勢力とシリアのクルド人兵力が結合することにくさびを打ち込むことが、この作戦の隠れた目標でもありました。
この作戦は(2016年)8月24日に始まりました。開始の4日前にはトルコの南東部にあるガズィアンテプという町で、ISによるとおぼしき自爆テロが起き、トルコ市民が54人も死亡したばかりでした。この町はもともとアンテプという名前で、ガズィは英雄や戦士を意味します。トルコ革命の時に、町ぐるみで抵抗したために、「ガズィアンテプ」という名前が付けられたのです。
テロ事件をある意味で介入のための理屈、あるいは奇貨として、トルコ国防軍はFSA(自由シリア軍)を支援する名目でシリア国境を越えました。そして、たちまち北部のジャラーブルスを数時間で制圧し、ISをたやすく排除したのです。さしものISも、中東で屈指の陸軍兵力、NATO加盟国として戦闘経験も豊かなトルコ国防軍の正規兵力には太刀打ちできませんでした。9月4日になるまでに、トルコ軍の援護を受けた自由シリア軍は、ジャラーブルスの西50キロメートルにあるアルライーにつながる国境地域から、ISを全て一掃しました。その結果、ISがこの黒い地域まで押しやられたのです。
●スンナ派回廊を確保したトルコ、犠牲になったクルド人
思い返しますと、日本人の人質が解放される・されないといわれていた時に、日本も含めたテレビがトルコ側から送られていた映像で実況した、ということがありました。あの時、向こうの国境の監視塔にISの旗が立っていたり、ISの関係者が現れたりするのをカメラが遠目に収めていましたが、トルコ国境から本当にすぐのところまで、この黒い勢力(IS)が伸びていたということです。
そのIS勢力が、今やトルコ国境から遠ざけられたという安全保障上の理由が(ユーフラテスの盾作戦には)一つあります。それから、トルコ国内における治安、テロの問題が二つ目になります。それらのみならず、もう一度おさらいをしておきますと、クルド人の排除、ISの駆逐、これらの戦略的な目標を含めて攻撃が行われた結果、ISが遠ざけられたということです。
こうしてISは、トルコ領内に浸透していくための立脚点を失いました。その結果、トルコはスンナ派のアラブ世界につながっていく回廊を、かろうじて(ジャラーブルスからアフリーンへつながる形で)確保したわけです。
注目すべきことは、ユーフラテスの盾作戦によって、クルド人勢力の拠点であるジャラーブルスの南方が空爆されて、40人の市民が殺害されたことです。犠牲になった40人はおそらく大半がクルド人と見て間違いないのです。
国境地帯からISを排除した現在、トルコ軍は次にマンビジュに迫ろうとしています。2016年8月中旬にクルド人兵力がISを排除した町であり、ここをクルド人の手から奪い返して占領しようとしているのですが、作戦は非常に慎重に進められています。それは、後から触れますが、ロシアの牽制、そしてアメリカの牽制もまたかかっているからだと考えなければなりません。
●ロシアに接近してシリアの地上権を確保したトルコ
こうした複雑かつ流動的な状況の中で、トルコは中東からカフカースそして中央アジアに及ぶユーラシア地政学において、ロシアに敵対してきた姿勢を見直し、両者の勢力均衡を回復する狙いから、シリアに確固たる戦略的な立脚点を確保しようとしました。そして、ある程度はそれに成功しているのが現況です。
つまり、トルコの戦略という大きな観点からすれば、北シリア軍事干渉の動機は、トルコの大胆な政略転換による対ロシア接近の結果であり、またそれを前提としたものでもあるということになります。もう一つ重要なことは、北シリアに限らず、シリアの政府支配地域において力を強め、その回復に大きな力を発揮しているシーア派民兵を抱えるイランの存在です。このイランの役割を弱める狙いも、トルコによる大胆な対ロシア接近の中に実は隠されているのです。
ユーフラテスの盾作戦の結果、国境沿いのジャラーブルス(ジャラブルスと発音しがちですが、ジャラーブルスが正しい)以南からISと激しくしのぎを削っているアルバーブという町の北まで、トルコがシリアの領土内に事実上の支配圏を打ち立てたということです。アルバーブはアラビア語では「門」という意味です。地図をご覧いただけば分かりますが、トルコ軍と自由シリア軍、シリア政府軍(アサド政府軍)、そしてIS、さらにクルド、これらの...