10MTVオピニオン|有識者による1話10分のオンライン講義
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カエサルはなぜ暗殺されたのか?

ローマ帝国への道(6)「ブルータス、お前もか」

本村凌二
早稲田大学国際教養学部特任教授/東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
『カエサル暗殺』(ジャン=レオン・ジェローム作、1867年)
早稲田大学国際教養学部特任教授・本村凌二氏によるローマ帝国に関する連続講義第6話。今回は、多くの人間的魅力、カリスマ性をもったカエサルが、なぜ反対勢力から危険視され、暗殺されるに至ったのかという点を掘り下げる。そこには、カエサルといえども抗えなかった共和制王国の断固としたシステムがあった。(全7話中第6話)
時間:06:34
収録日:2016/12/16
追加日:2017/04/19
≪全文≫

●平時の執政官と非常時の独裁官


 (前回お話したように)非常にカリスマ的な人間だったカエサルですが、そうであるからこそ、かえって敵、つまり彼に反感を持つ側からすれば、やはりある種の危険を感じていたのではないでしょうか。

 ではカエサルはなぜ、危険視されていったのか。ローマの制度の中では本来、コンスル(執政官、統領のこと)が2名いて、この2名が交互にリーダーシップを奮っていました。つまり1人の指導者にしないということが、共和制王国を守っていく段階でのローマ人の知恵でした。コンスルは任期1年、それも2人いるという形でお互いに牽制し合うということで、リーダーに対して、ある程度の枠をはめていたのです。

 しかし、それでも非常時にはそういう形でやっていては事態が円滑に進みませんから、ディクタトールと呼ばれる独裁官を設けていました。それも半年限定でディクタトールになることができたのです。ただ、それは得てして戦時の場合です。それまでも何度かディクタトールになった人物がおり、カエサルもその単独の支配者になったのです。


●終身の独裁官を宣言、そして死へ


 しかし、ポンペイウス派、いわゆる閥族派を戦争で叩きつぶしても、やはりまだ散らばっていた敗残兵たちが残っていますし、共和制を守ろうとする人たちは根強くローマ社会に残っていました。その人たちを最終的に鎮めていくために、カエサルも独裁官になっていなければなりません。彼は最初、1年ずつ任期を延長していく形にしました。そうして10年ほど独裁官であり続けた後、最終的には終身の独裁官になると宣言しました。終身の独裁官ということは自分を事実上のキング、あるいは専主という存在として認めることになるため、人々から非常に反感を買うことになります。そして、紀元前44年3月15日、彼は元老院の会議に出かけて行き、最終的に殺されてしまいます。

 この社会には、当たり前のようにいろいろな占い師がいました。この時もちょうど占い師がいて、その占い師がカエサルに、以前から「3月15日までは気を付けてください」と言っていたそうです。そして、3月15日の当日になり、カエサルが家を出かけようとした時、その占い師が「3月15日までは気を付けてくださいと言ったじゃありませんか」と言うと、カエサルは「3月15日はもう来たじゃないか。大したこともなく今日が来たじゃないか」と答えます。すると占い師は一言「3月15日はまだ終わっていません」と答えましたが、カエサルは出かけてしまいました。そして数名の人間に囲まれて、20数カ所を刺されて殺されてしまったのです。


●対立者も最終的には「許す」がカエサルの方針


 その時「ブルータスお前もか」“Et tu, Brute!”という有名なセリフを吐いたとされています。このセリフについてはいろいろなことがいわれています。カエサルは、ブルータスのお母さんに当たる人物がカエサルと愛人関係にあったので、ブルータスはカエサルの子どもだったのではないかという説もありますが、年齢的に15~16歳しか離れていませんので、ブルータスがカエサルの子どもだった可能性はほとんどゼロに近いのではないかと思います。

 ただ、ブルータスは共和派、つまりポンペイウス派、閥族派だったので、戦いの中で繰り返し何度もカエサルと対立します。しかし、その度にカエサルはブルータスを許しているのです。

 カエサルとしては結局、ブルータスに限らず、さまざまな人たちといかんともしがたい形で対立することになったけれども、いざ戦...
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