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司教アンブロシウスの気概がキリスト教の追い風になった

ローマ史に学ぶ戦略思考(7)キリスト教確立への影響

本村凌二
早稲田大学国際教養学部特任教授/東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
聖アンブロシウスのモザイク画
(サンタンブロージュ教会所蔵)
早稲田大学国際教養学部特任教授・本村凌二氏は、ローマ史のあり方が、その後のキリスト教の拡大にも大きく影響したという。本村氏が重要人物として挙げるのが、生粋のローマ人である司教アンブロシウスだ。彼は時の皇帝テオドシウスにも対等な立場で物申し、時に破門までした。ローマ人の気概がキリスト教拡大の道を開いた。(2016年9月30日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「歴史に学ぶ戦略思考 ローマ人を中心として」より、全8話中第7話)
時間:06:24
収録日:2016/09/30
追加日:2017/06/11
≪全文≫

●背教者ユリアヌスがもっと長く生きていたら・・・


 ディオクレティアヌスの後には、キリスト教を公認したコンスタンティヌスがいます。さらに、逆にキリスト教を否定しようとした背教者のユリアヌスという人がいます。これについては、辻邦生さんが『背教者ユリアヌス』(中央公論新社)という、文庫で3冊になる本を書かれています。とにかく、キリスト教が布教を成功させ、ある程度、社会で確立している段階で、ユリアヌスはこれを何とか食い止めようとします。だから「背教者」と言われるのです。

 われわれの感覚では分かりませんが(この点はキリスト教、ユダヤ教でも同じでしょうが)、神々(多神教)を奉じる人から見れば、一神教は無神論に見えます。神々を一切、敬わないように見えるのです。いろいろな自然の力など、そういうものに対し、崇めることが当たり前に思っていた古代の人たちから見れば、自分たちが勝手にこしらえた神を祈っているであろう一神教は、無神論と同じなのです。ただユリアヌスは、「われわれは、また神々をきちんと崇めなければいけない」という教義に則り、キリスト教をある程度は認めます。しかし弾圧すると殉教者が出ますので、「殉教者が出て、それにかぶれる連中が出てくるから」ということで、言論でこれを封殺しようとしました。

 しかし彼は、為政者になって3年で戦死してしまいます。フランスの代表的な歴史家でポール・ヴェーヌという人がいますが、その人が言った言葉を紹介します。ユリアヌスは33~34歳ぐらいで亡くなりました。有名な人というのは、大体33歳ぐらいで亡くなっているケースが多い。アレキサンダーがそうです。イエス・キリストもそうです。坂本龍馬もそうですね。そういう経緯で、ユリアヌスも亡くなってしまう。「もしユリアヌスが、あと20年間生きていたら、本当にキリスト教があれだけ普及しただろうか」という。そういう考え方だってできるのです。つまり、たった1人の人間が、歴史に大きな影響を与えることができます。

 20世紀だって、レーニンやトロツキーなど、彼らが仮にいなかったら、ロシア革命はあっただろうか。あったはあっただろうが、もう全然違った形になっていたかもしれません。1人の人間が、どれくらい歴史の中で大きな役割を果たすかという点から見て、このユリアヌスの存在は大きい。キリスト教側からすれば、彼がたった3年で戦死してしまったのは幸運なことでした。


●皇帝テオドシウスをやり込めた、ローマ人司教アンブロシウス


 逆にキリスト教側からすればプラスの要因になったのが、その後の4世紀の後半に出てきたアンブロシウスという人です。

 この人は正確には、ミラノの司教アンブロシウスと言います。この人は大変な実力者で、今で言えば、おそらくロックフェラーやフォードに相当する人です。非常にバランス感覚があり、また馬力もあって精力的で、とうとう皇帝をもやり込めます。

 注目すべきはテオドシウスとの関係です。アンブロシウスは、テオドシウスの勅令を撤回させることに成功します。またある時、テッサロニケ事件といって、民衆が5,000~6,000人処刑される事件がありました。さすがにそれは「やり過ぎだ」とアンブロシウスに言われ、テオドシウスは破門されます。テオドシウスが改心しない限りは、もう一切教会には入れない、という教会立ち入り禁止の状態になりました。

 世界史を勉強された方にはおなじみですが、11世紀に「カノッサの屈辱」という事件があります。神聖ローマ皇帝がローマ教皇によって...
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