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宗教的感覚が薄いのになぜ日本人のモラルは高いのか

ローマ史に学ぶ戦略思考(8)質疑応答

本村凌二
早稲田大学国際教養学部特任教授/東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
Bushido The Soul of Japan
欧米人からすると意外なのは、日本人のモラルの高さだ。早稲田大学国際教養学部特任教授・本村凌二氏によれば、その一つの解答が、新渡戸稲造の『武士道』である。誠実で実直な日本人は、陰謀や罠よりも正攻法で闘うことを選んだローマ人たちによく似ている。日本人もローマ人も、何かを生みだすより洗練させる技術に長けていた。(2016年9月30日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「歴史に学ぶ戦略思考 ローマ人を中心として」より、全8話中第8話)
時間:11:25
収録日:2016/09/30
追加日:2017/06/12
≪全文≫

●衰退期のローマと比較すると、今のアメリカはどのように映るか


本村 研究者の方によれば、「大体、30年に1遍くらいの頻度で、アメリカ衰退論が出てくる」ということです。最初のものは20世紀になってからで、フランスの首相だったクレマンソーという人が、「アメリカは歴史の中では非常に特異な存在だ」と言いました。「全くの野蛮から、いきなり衰退、堕落に向かっている。普通は真ん中に文明があるはずだが」と言ったのです。要するに、野蛮から滅亡になるようなこともあるということです。

 クレマンソーは1910~20年代の人です。彼は、大変な軍人であると同時に政治家でもありました。また他面では、ジャーナリストです。ジャーナリストであると同時に軍人だったので、いろいろ面白いことを言っています。例えば「18歳でマルキストにならないやつは、もう勉強不足だ」とか「頭は悪い」、「だけど、40歳までマルキストでいるやつは、もっと悪い」など、そういうせりふを言って、警句を発していた人です。その人が、アメリカ衰退論を最初に言いました。

 その後は日本でも出てきます。最近でも、やはりローマ帝国とよく比較されます。ただ私は、アメリカの衰退という場合、例えば軍事力や経済力といった目に見えるような形で見れば、確かにある程度は縮小あるいは衰退しているように見えますが、やはり今の時代、ハードパワーだけではないと考えます。ハードパワーだけではなく、ソフトパワーのようなものが大切です。アメリカは、それがいろいろな形で影響を与えています。例えば映画の影響は圧倒的です。日本のことなど世界に知られていないのに、アメリカのことは映画を通じて何でも知ることができる。そういうソフトパワーの力で、アメリカには吸引力があります。

 おそらくそれは、ローマにはなかなかできなかったことです。これはやはり20世紀的な新しい現象です。「ローマには何でも詰まっている」と言いますが、いま述べたようなソフトパワーをこれからどうやって使っていくかが、大きなポイントになるのではないかと思います。逆に言えば中国などは、それがほとんどできない状態にいるということになるのではないでしょうか。


●なぜ信仰心が篤いとは言えない日本人のモラルは高いのか


本村 キリスト教は、日本では江戸時代の初期に公認されていましたが、その後結局、キリシタン弾圧になり、維新後に公認されます。しかしそれでも、(信者の数は)1パーセントいかないのです。

 ところが韓国は、戦後ですが信者は全体の30パーセントぐらいまで増えます。ただそれ以上、伸びるかどうかは、ちょっと分かりません。日本の場合、信者数が少ないのは多神教の影響というか、一神教にならない。例えば仏教だっていろいろな宗派に分かれていて、その仏教の中でも、別に1つの神に決まっているわけではないし、お寺にもいろいろなものがあります。その中でやっていくとなると、やはり一神教にならない。皆が、神々の世界、宗教というものを当たり前だと思わない。

 それなのに、なぜか日本人は、モラルが非常に高いと言われています。これは、明治維新の頃に来たラグーザというイタリア人が言ったことです。彼がやって来て、魚屋に行って「これを売ってくれ」と言ったら「絶対、一両出したても売らない」と言われた。ところが実はそれはフグだったのだそうです。(何も知らない外国人に)フグを売れば、どんな目に遭うか分かります。だけどこれは、イタリア人からすれば「信じられない」感覚なのです。客は高い金を出していて、簡単に売れそうな感じだからです。それなのに、日本だと売らない。

 それと前後して、今度彼は財布をなくした。財布をなくしたら、戻ってきた。「こんなのは、もうイタリアでは考えられない」と言います。彼は、最終的にイタリアへ戻っていきますが、日本人の奥さんをもらって戻っていきました。日本には、そういう誠実さや正直さというものがあったということです。

 ラグーザもそうですが、魯迅も同じです。魯迅は、日本に7年間ほど留学していました。仙台に5年ぐらい、東京に2年ぐらいいたのですが、その魯迅が1930年代、ちょうど日中戦争が始まりつつあるあの時期に「日本人のことを、いくら悪く言ってもいい。ただ、あの誠実さだけは学べ」と言ったのです。日本に対する中国人の反日感情がものすごく強かった時期なのに、です。これは魯迅からすれば、「それを学べ」と言わしめるくらいの、ある種のモラルの高さが日本にあったということです。

 このことは、欧米人も最初の段階で気がついていました。新渡戸稲造に「あなたたちはそんなに宗教が根付いていないし、また皆がいろいろな神々をバラバラに拝んでいる。キリスト教の国から見れば、それはとても熱心だとは思えない」と言った時、彼は「武士道が背...
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