●ものづくりの力と戦略的な位置取りのつながりが利益を生む
ストーリーとしての戦略の具体的な事例を見てみましょう。ピジョンという会社は儲かっていますが、それはすごく良いほ乳瓶を作っているからだと言われています。値段は高いかもしれないけれども、顧客が価値を感じて高い値段を払ってでも買うので、世界中で儲かっています。これだけだと、ものづくりの力というよくある話です。ところが実際には、ものづくりで売っている会社でも、儲かっていないところも多くあります。ポイントは、ものづくりの力は確かに大切ですが、それは戦略、ストーリーを構成する一つの要素にすぎない、ということです。他のいろいろな打ち手とつながって、利益が出るのです。
例えば、ピジョンの重要な戦略の一つとして、「18カ月以上は追うな」というものがあります。つまり、生後18カ月以下のマーケットで絶対に勝負をする、と。生後18カ月までは、人間は言語を持ちません。言語は文化そのものですから、文化がないと言ってもいいでしょう。この段階では、本当に良いほ乳瓶を作れば、世界中どこへ持っていっても、相手の文化にかかわらず、必ず良いと思ってもらえるのです。反対に、18カ月を過ぎると言葉が出てきて、文化や生活スタイル、宗教、親子関係、食べ物といった違いが関わってきます。こちらが良いと思ってコストをかけて作り込んでも、向こうが良いと思うかは分かりません。
つまり、ものづくり・商品開発にかける大変なコストがグローバルに報われるのが、生後18カ月までのマーケットであり、そこから先は絶対に追うな、という戦略です。これが他の競争相手との一つの違いになります。普通は、こうした最も若いマーケットで顧客をつかまえると、その顧客ベースをどんどん引っ張っていき、子ども服などへ広げていくものです。しかし、ピジョンはそうしたことをしません。このように、ものづくりの力と戦略的な位置取りがつながって、利益が出ているのです。これが、戦略がストーリーになるということです。
●IBJの成婚率が高い理由
もう1つ例を挙げましょう。僕の世代でIBJというと、The Industrial Bank of Japan、つまり日本興業銀行(興銀)でした。しかし今東証一部に上場しているIBJは、婚活サービスの会社です。婚活というと、最近はちょっとしたオポチュニティーですので、ありとあらゆる会社が参入しています。今では、インターネットやスマホの技術インフラを利用した、マッチングサービスが主流になりました。一方に女性会員がいて、他方に男性会員がいて、会費を取って、その中間でマッチングサイトやアルゴリズムを利用して、結婚相手が見つけるという仕組みです。こういう商売が大変多いのです。
IBJの創業者の石坂茂氏は、実は興銀出身です。そして、付けた名前がIBJです。彼がもともとこの会社を始めた動機は、「1.96」という完結出生児数にあります。今の日本でも結婚さえすれば、おおよそ2人ほど子どもが生まれます。つまり、少子化対策として、一番ストレートに効くのは人々が結婚することでしょう。婚活といっても出会いではなく、本当に結婚することに価値があります。これを提供して対価を得るビジネスをしよう、と石坂氏は考えたのです。
石坂氏によれば、通常の婚活マッチングには、本質的な矛盾があります。婚活サービスにおいては、いつまでたっても相手が見つからないようなお客さんが、良いお客さんです。相手が見つかったら出ていってしまうので、会費が取れなくなるからです。婚活とか出会いだとか言いながら、「この人は絶対に誰ともうまくいかないな」というようなお客さんが出てくると、「いらっしゃいませ」と言う。これはどこか矛盾しているのではないか、というわけです。
IBJでも、ブライダルネットというサービスを展開してはいます。ただし、ビルに例えると、これは1階の入り口にあるだけです。ここでシリアスに結婚したいという人は、2階、3階と上がっていくことになります。つまり、いろいろな合コン形式であったり、パーティー形式であったり、非常に作り込んだリアルな出会いの場を提供し、そしていよいよ本気で結婚だということになると、昔ながらの世話焼きおばちゃんも出てきます。これはもう本当にアナログなサービスです。ご存じのように、今でもローカルには結婚相談所というものがあり、紹介所のおばちゃまは個人事業主としていらっしゃいます。IBJはそうした人たちを、どんどん組織化していきました。これが圧倒的に成婚に効くのです。
つまり、最初のネットのマッチングは、シリアスなお客さんをスクリーニングするための一つの手段でしかありません。最終的には、アナログなサービスが今も昔も効くようです。結婚相談所の人たちは、本質的には武器商人のような仕事をしています。お見合...