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商売では時間的な奥行きが戦略の鍵となる

ストーリーとしての競争戦略(4)飛び道具に頼らない商売

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏が、戦略の鍵となる時間的奥行きについて解説する。スポーツには、短距離走のように生まれ持った運動能力が有利となる競技もあれば、バドミントンのように戦略が勝利の決め手となる競技もある。成熟した経済では、商売はバドミントン型になり、戦略こそがものを言うだろう。(2017年5月25日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」より、全9話中第4話)
時間:07:11
収録日:2017/05/25
追加日:2017/07/11
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≪全文≫

●商売に飛び道具はない


 時間的な奥行きこそ、戦略構想力の大半を占めるほど大切なものです。例えば、僕とほとんど同い年のプロ野球選手に、山本昌選手がいます。つい最近まで現役で活躍していましたが、速球といっても135キロぐらいしか出なかったようです。一方、山本選手の友だちのイチロー選手は大変な身体能力を持ち、ピッチャーと同じようにマウンドに立ってボールを投げれば、今でも150キロ近く出るというのです。2人は仲が良く、個人練習をよく一緒にしていたらしいのですが、ある時、イチロー選手が山本選手にこう聞いたそうです。スピードガンで測ると、イチロー選手の方が10キロ以上速いのに、バッターはやはり山本選手の方が球が速く感じると言うが、一体これはなぜなんだ、と。

 山本選手の答えは、プロの投手の腕の見せどころは、速い球ではなく、速く見える球を投げられるかどうかだ、というものでした。球が速く見えるようにするには、配球、すなわち順番が大事なのです。例えば、外に大きく流れるスローカーブを投げた後、内角高めぎりぎりに来る球は速く見えます。これは、戦略が順番の問題であるという典型的な例だと思います。

 ストーリーを順列として考えることが必要なのは、誰もが200キロの速球を投げられるわけではないからです。これは商売でも同じで、飛び道具がないということが商売の本質でしょう。釈迦に説法ですが、商売の素人は戦略をつくるとなると、すぐに必殺技を求めます。しかし実際は、そんなものはないということだと思います。


●飛び道具に頼らず、戦略のストーリーで勝負するしかない


 もう少しスポーツの例を続けます。確かに、世の中にはウサイン・ボルト選手のような人間飛び道具みたいな人がいます。こうした人はどうしても勝ってしまうのですが、しかし、それが成り立つのは短距離走だけだと思います。僕の友人で、昔ハードル競技をやっていた為末大氏と、リオオリンピックの後に話をする機会がありました。ボルト選手はやっぱりすごいという話をすると、為末氏いわく、「ボルトの成功要因はただ一つなんです。つまり、ボルトに生まれたことしかない」と言うのです。

 ところが同じ短距離走でも、100×4メートルのリレーになると、これまで言ってきたような意味での戦略が結果を左右するようになってきます。つまり、順番とつながりの問題です。ただ、とはいえやはり短距離走なので、やはり相当速い人を4人集めないと、なかなか勝てません。

 しかし、同じスポーツでもラケットスポーツでは、もっと戦略がものを言うようになります。オリンピックを見ていて面白かったのは、ラケットスポーツの中でも、テニスよりも卓球、卓球よりもバドミントンにその傾向が見られます。解説の時間の長さを考えてみてください。バドミントンはオリンピックぐらいでしか、なかなか見る機会はありませんが、解説が非常に長いのです。ワンプレーが終わると、「今のはどうだったのか」と実況者が解説者に聞きます。サーブを1回右へ返して、戻ってきたシャトルを打ち込むかと思わせておいて、軽く手前に落とした後、再び戻ってきたシャトルをスマッシュする素振りを見せながら今度は奥に振って、また戻ってきたシャトルをああしてこうして、最後はチャンスボールを決めて終わり。こういう具合です。

 どうして解説が長くなるのかと言えば、やはり最大の理由は羽根だからだと思います。サーブと言っても速くありません。スマッシュでも、卓球などと違って、結構速度が落ちるので、拾われてしまいます。一発でなかなか決まらないのです。だからこそ、戦略がよりものを言うわけです。同じラケット競技でも、テニスだとビッグサーバーがいて、サービスエースで点を取れてしまいます。そうなると、解説者は「すごいサーブでした」としか言いようがありません。

 商売の話に戻せば、例えば、新薬を作るというのはボルト選手のようなものです。大変難しいのですが、もし新薬の開発に成功すれば、特許が取れて、向こう5年、10年、15年と儲かるわけです。確かにこうした商売もありますが、しかし今はこれだけ成熟した中で商売をするとなると、ほとんどがバドミントン型ではないでしょうか。つまり、飛び道具に寄りかからないで、戦略のストーリーで勝負するということです。


●各行動決定には空間的広がりと時間的奥行きがある


 いつの時代も必ず旬の飛び道具が出てきます。今であれば、さしずめこうしたものでしょう。◯◯3.0と言い出した時点で、かなり怪しいというのが僕の意見です。もちろんAIやFin Techは大切です。ただ、こういうものに手を出せば、たちどころに良い戦略が出てくるかというと、そんなことはありません。昔から『日経ビジネス』などでは、こうした話が出てきます。水平分業が良いと言ったかと思えば、や...
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