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柳井正氏はいつも「ひょっとしたら」で考えている

ストーリーとしての競争戦略(8)ひょっとしたらの発想

楠木建
一橋大学大学院国際企業戦略研究科 教授
情報・テキスト
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏による、優れた戦略構想についての解説講義の最終回。Amazonは自社在庫を抱えているためROAが低い。しかしこの非合理的要素は、顧客に意思決定インフラを提供するのに必須である。戦略を立てる際には、「ひょっとしたら」という気軽な発想で考えてみるべきだ。(2017年5月25日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件」より、全9話中第8話)
時間:07:35
収録日:2017/05/25
追加日:2017/07/25
≪全文≫

●デリバリーウインドーの約束をする


 Amazonは今ではeコマースの帝王と言われたりもしますが、昔からずっと、特に投資家やアナリストに批判されてきたことがあります。eBayやGoogleなど、同じ頃に出てきた他のネットベースのベンチャー企業と比較して、ROA(Return On Asset:総資産利益率)が著しく低いのです。Amazonはネットの会社であるにもかかわらず、アセットが非常に重く、分母が大きいために、いつもROAが低くなっています。これは、Amazonが世界中に巨大な倉庫をたくさん造っているからです。創業者のジョフ・ベゾス氏は、自社在庫を積み上げたいのだ、とよく語っていましたが、この点にアナリストの批判が集中しました。

 というのは、eコマースの利点は、小売りの宿命だった在庫から解放される可能性にある、と考えられていたからです。何かのきっかけで顧客を捕まえれば、サプライチェーンが全部ITでつながっていますから、自社で在庫を積まなくても済みます。これを夢見て投資した人がたくさんいました。したがって、なぜ倉庫を造って在庫を積むのか、と批判が出てきたのです。

 しかし、ジェフ・ベゾス氏にはストーリーがありました。Amazonのコンセプトは購買意思決定のインフラでした。それを提供するためには、eコマースでよくあるように、顧客が買おうとしている商品が、例えば「3~5営業日以内に出荷」であってはなりません。これでは顧客は意思決定できないからです。むしろ、デリバリーのタイミングがきちんと約束されていなければ、顧客は購買の意思決定を下せません。ですからAmazonは、例えば「8時間と4分以内に発注すれば、明日には届く」という約束をします。これはクイックデリバリーではなく、デリバリーウインドー(配送期間)の約束をするということです。Amazonにとってはこちらの方が大切なのです。

 誰でも投資すれば、早く届けることは可能です。しかしもっと大切なのは、「あなたが探しているこの本は、2週間は絶対に届かない」と約束することです。これはアウトオブストック(品切れ)を意味しますから、顧客はAmazonで中古の本を探すかもしれないし、リアルの本屋に行こうと思うかもしれません。これが、顧客の購買意思決定のインフラになるということの意味です。それを実現する魔法の杖はありませんから、自社で在庫管理をするしかなくなります。ストーリー全体を見るとこのように合理的なのですが、自社在庫という要素だけを見ると、非合理的に見えるのです。


●Amazonは違いが長持ちする戦略を打ち出せた


 誰もが、インターネットで本を売るという、オポチュニティーに気付いていたにもかかわらず、それを最後にものにしたのはAmazonでした。これはやはり優れた戦略のためです。戦略が良いというのは、他と違うということです。しかも、その違いが長持ちしなければなりません。それが可能であったのは、Amazonのストーリーの中に、頭の良い人ならすべきではない、と考える要素が入っていたからです。

 例えば、楽天の三木谷浩史社長は大変スマートです。彼は、僕の本を読んだ後に、やはり楽天ブックスももっと在庫を積んだ方がいいかもしれない、と言っていました。もう6、7年前のことですが、しかし楽天はそうしたことはしていません。それよりもむしろ、楽天の商圏で儲けたほうが合理的だからです。楽天ポイントを利用して、お客さんをクロスサービスで送って儲けた方が、合理的です。ですから、三木谷氏のように合理的で賢い人は、Amazonのような非合理的なことはしません。しかし結果的に、Amazonの違いが持続するのです。


●戦略のストーリーは「ひょっとしたら」で考えるべきだ


 戦略のストーリーを考える場合、「ひょっとしたら」という発想が一番良いのかもしれません。絶対にうまくいく戦略などはありえませんし、ごく気軽に、「ひょっとしたら、こういう儲け話もありなのかな」と考えてみることです。

 ファーストリテイリングの柳井正社長も、いつも「ひょっとしたら」で考えると言っています。ひょっとしたら世界一になれるのではないか、と考えるということです。ユニクロを始めたときは、山口県に1店舗しかない、紳士服のお店の店主でした。ある時、4名の社員を集めて、これからは世界一を目指すと言ったところ、全員が辞めてしまいました。しかし柳井氏としては、絶対になれるとは言っていないわけです。ただ、確率はゼロではありません。0.01パーセントかもしれないが、ひょっとしたら世界一になれるかもしれません。そして、この線で考えていこうと言って、ユニクロが始まったのです。

 まずは、30店舗ほど中国地方を中心に出店しました。しかし、投資に首が回らないので、最初は広証に上場することになります。上場した時のあいさつの文章は、大変興味深いものでした。「この度...
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