●海外の経営者はデジタル破壊を最重要アジェンダにしている
今回のテーマは、AIとデジタル時代のリーダーシップです。私が他の人と違いがあるとすれば、常に世界とつながっているということでしょうか。ここにIMD(International Institute for Management Development、国際経営開発研究所)と書いてありますが、これはスイスのローザンヌにある、経営者教育で世界トップクラスのビジネススクールです。私は2003年に、日本人で初めてIMDの教授に就任しました。今は一橋大学大学院国際企業戦略研究科の研究科長ですが、2010年までは実質的にIMDが私の本拠地でした。もちろん、今でもIMDのアジアンプロフェッサーを務めていますし、他にもスペインのIEビジネススクールなど、いろいろなところで仕事をしています。
今、エグゼクティブ教育の世界で、最もホットなトピックは、「デジタルディスラプション(digital disruption、デジタル破壊)」です。ロンドン・ビジネス・スクール、IEビジネススクール、INSEAD、IMD、世界中どこでも、この問題が最も盛んに論じられています。世界の経営者たち自身も、デジタルディスラプションを最重要のアジェンダにしています。海外の経営者たちの危機感は、半端ではありません。IT担当者ではなく、CEO自身がそうなのです。ところが、世界の経営者と日本の経営者には、非常に温度差があります。日本の企業の経営者は、デジタルディスラプションへの危機感を持っていません。これは非常に問題だと思います。
●柳井正氏は情報製造小売業を変革のビジョンに掲げた
ただし、日本企業の中でも、そうした危機感を持っている方はいます。代表的な人は、やはりファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏でしょう。柳井氏の危機感は半端ではありません。社員がついていけないほどです。
柳井氏は最近、未来のキーワードを掲げました。「情報製造小売業」です。ユニクロはSPA(specialty store retailer of private label apparel、製造小売業)ではない、自分たちのビジョンは打倒H&M、打倒ZARAではない。そうではなく、そもそも全く違う業態を創り出していくということが、柳井氏の変革へのビジョンです。もちろん、それは簡単なことではありません。だからこそ、彼のキーワードは「Change or Die」です。大変革か、さもなければ死だというわけです。
要するに、柳井氏が取り組んでいるのは、いかにディスラプト(破壊)されないか、ということです。彼の危機感を分かりやすく、キャッチーな言葉で表せば、彼らのモデルさえ古くなってきているということです。SPAは、いわゆるオンラインSPAにどんどん浸食されつつあるという、現状を踏まえてのことでしょう。
●アパレル卸はほとんど崩壊状態である
デジタルディスラプションは、単なるテクノロジーの問題ではありません。ここが非常に重要な点です。それは、社会変動や新しい世代と連動して、生じてきています。いま切実に突きつけられている問題は、果たして10年後、現在のミレニアル世代が自分たちの会社に入ってくれるか、彼らが自分たちの商品を買ってくれるか、ということです。それは、かなり疑問です。会社が根本的に変わらないと、今の若者に全くそっぽを向かれてしまう可能性があります。トヨタやサントリーでさえ、どんどん古くなっていきます。こうした転換期に差し掛かっています。おそらく、ここ10年ぐらいで決まってくるだろうと思います。欧米はまだ余裕がありますが、今は非常に重要な時期です。
例えば、アパレル卸は、ほとんど駆逐されてしまっています。 風前の灯火です。これについて分かりやすく書いた本が、杉原淳一・染原睦美著『誰がアパレルを殺すのか』(日経BP社、2017年)です。この本によれば、産業全体がもうほとんど崩壊状態です。企業も、小売りも、働く人も、全てハッピーではありません。これが今の日本のアパレル卸の状況で、本当に風前の灯火になっています。
こうした状態のきっかけはリミテッドの登場ですが、一番大きく流れを加速させたのはGAPです。現在、世界ナンバーワンがインディテックスです。ここはZARAのブランドを持っています。2番目がH&M、そして3番目がユニクロ、ファーストリテイリングです。GAPをもう追い抜いています。しかし、こうした状況がオンラインSPAによって変わりつつあります。
●若者が支持しない会社は完全に衰退する
ただし、これからの若者に支持されるためには、デジタルテクノロジーだけでは不十分です。若者は今、いろんな分野で大きな影響力を及ぼしています。例えば、政治の世界を考えてみましょう。なぜドナルド・トランプ氏が大統領になったのかといえば、やはりヒラリー・クリントン氏が一気に、アンシャンレジーム(旧体制)の象徴になってしまったことが...