●財政改革による歳出削減の効果は限定的だ
歳出削減についても考えてみましょう。歳出の合理化や効率化、スリム化による歳出削減も、財政赤字累積問題の対応策としては大変重要です。歳出が膨張する傾向に対して、これまで政府は、繰り返し財政改革で歳出の削減ないし効率化を図ってきました。しかしその効果は限定的です。一生懸命無駄を削減しても、せいぜい数兆円が限度でしょう。
歳出削減の柱は、社会保障制度改革による給付の削減もしくは効率化にこそあります。しかし、社会保障制度は国民生活の安定と、特に低所得者層に向けての一定の所得保障という本来の役割があるので、給付を削減していけば、その趣旨が損なわれてしまいかねません。したがって、それを損なわないようなシステムの総合改革が必要です。その総合改革については、また後で詳しくお話ししたいと思います。
●経済成長が政府債務の削減に果たす役割は、かなり限られている
最後に、成長戦略です。経済成長は、税収の増加を通じて、政府債務の削減に大いに貢献します。したがって、財政危機のリスクを減らす上で極めて重要な戦略です。ただし、日本は長期的な人口減少と高齢化によって、労働供給制約が長期的にますます厳しくなることは目に見えています。そのため、経済成長が政府債務の削減に果たす役割は、かなり限られているというのが、専門家の間での通説です。
具体的に言えば、労働供給制約のため、日本経済の長期的な潜在成長力は、多くの推計では、年率でせいぜい0.5~0.8パーセント程度です。生産性上昇率はサービス経済下ではあまり大きくなりませんが、最大限1.2~1.5パーセントを見込み、そこから毎年の人口減少分0.7パーセントを差し引くと、こうした数字が得られます。この程度の成長では債務の削減に、ほとんど貢献できません。
●アベノミクスの成長戦略は、いまだ効果が確認されていない
安倍晋三政権は、アベノミクスの3本の矢の一つとして、成長戦略を位置づけており、2013年、2014年、2015年と3回にわたって、成長戦略を打ち出してきました。しかし、アベノミクスの成長戦略は、これまでのところ、経済成長を促進するめぼしい効果が確認されていません。
そこで安倍政権は、2016年以降、アベノミクスの第二段として、「一億総活躍」と称した新しい三本の矢を打ち出しました。これまで十分に労働市場で活用されてこなかった、高齢者や子育て期のお母さん方の就労環境を改善し、経済成長に貢献してもらおうという戦略です。人口減少はどの成熟国でも直面している問題ですが、日本がこうした政策を打ち出したということは、国際的にはかなり注目されています。
しかし、これらの政策は総じて構造改革によって経済の潜在成長力を高めようというものであり、経済成長の成果に結実するまでには時間がかかります。アベノミクスは2013年に開始されてまだ4年半ほどしかたっていません。成長戦略の効果を判断するのは、今の時点では時期尚早でしょう。
●シュレーダー首相が断行した構造改革「アジェンダ2010」
日本と比較的経済構造が似ている国は、ドイツです。ドイツでは、構造改革が経済成長を促進した実例があります。ゲアハルト・シュレーダー首相が断行した、構造改革「アジェンダ2010」というパッケージです。
シュレーダー首相は、1998年に社会民主党の党首として連邦首相になりました。彼はいわゆるリベラル、社会民主主義ですから、アンゲラ・メルケル現首相とは違った立場ですが、2003年から鋭意、構造改革を推進しました。これは社会民主党の支持基盤である労働者層の既得権を大幅に削減する大胆な改革だったので、支持者をはじめとして国民にあまり歓迎されませんでした。そのため、シュレーダー首相は残念なことに、2005年に降板を余儀なくされたのです。
確かにシュレーダー氏のパッケージの評判は良くありませんでしたが、「こうした構造改革の効果が出るまでには時間がかかるだろう。しかし自らが辞任して5、6年後の2010年には、必ず効果が出るはずだ」と辞任する際に語ったのです。
シュレーダー改革の趣旨は、労働市場の柔軟性を高め、年金給付を事実上削減し、企業が収益を上げられる環境を整備して、雇用増加を目指すというものでした。これを社会民主党の党首が掲げたというのですから、驚きです。実はキリスト教民主同盟という保守系の政党も、同様のことを何度も言っていたのですが、保守系の政党が言うから国民は耳を貸しませんでした。ところが、社会民主党系の党首が言ったものですから、簡単に計画が通ってしまったのです。
●ドイツは財政赤字の大幅削減を実現した
「アジェンダ2010」の要点を7つ挙げます。
第1に、失業保険制度の大幅な改革です。ドイツでは、長期失業者給付金が非...