●東工大実験で分かった「1300度」ライン
質問 今はあまり火花が出ていませんが、「折り返し鍛錬」の工程ではもう少し温度は上がるのですか。
松田 「折り返し鍛錬」では温度が上がって、火花が相当出てきます。ただ、この火花はわらなどが燃えて出るものなので、温度はそれほど高くありません。普通の刀鍛冶より20~30度低いことが、東京工業大学の実験で分かりました。
実験では火床(ホド)の中にセンサーを入れ、鋼を出したときの酸素分圧と温度を測定しました。叩いてしまうとセンサーが壊れるので、3回折り返し、5回折り返し、7回折り返しの時点でサンプルをつくるようにして、どのぐらいの温度で折り返しを行っているのかを調べました。
同じことを他の現代刀匠にも頼んでやってもらったところ、大体1300度が境になります。彼らは1300度よりかなり高い線で3回折り返し、5回折り返し、7回折り返すという結果が出ました。うちの場合は1300度より20~30度低い数字が出ています。
大学の先生は「大体同じですね」と言いますが、私にすれば同じではなく、相当低いという実感を得られました。今回のように撮影に来られたときは、少しだけ温度を高めにして火花を上げるようにします。それでも火花は少ない方でしょう。
●「酸化・還元」の「還元」を用いる焼き物と刀
松田 これで、先端の方は大体2.5キロぐらいになりました。それを二つ付けると5キロほどで1本になります。この火床の大きさから言うと、2.2~2.3キロぐらいの段階で「下鍛え」を始めます。それ以上大きくなると、仕事がしにくくなるのです。また、鍛えに入ると炭がたくさん必要になりますが、鉄の量に応じて炭の量も増えていきます。
火を使うと、酸化・還元反応が起こります。火床は絶えず還元状態にしておきます。なるべく鉄を脱炭させないよう、炭を小さくして、こんもりこもらせるわけです。そうすると一酸化炭素が出てきます。それが還元状態です。
焼き物などでは、色を出すのに酸化と還元を使い分けています。今は釉薬を使うのが主流で、その極致が中国の青磁ですが、備前焼や信楽焼など釉薬を使わない焼き物の産地では酸化と還元を使い分けてきました。
焼き物の場合は、どうやって還元状態をつくるかということが非常に大事にされます。還元状態は非常に弱く、火の勢いもないからです。それを「強還元」という状態、つまり強い温度をかけながらの還元プロセスに持っていくことが、焼き物では結構面倒な工程になっています。
火床では、ほとんどが酸化状態です。私はその状態をできるだけ短くすることを考えているので、炭の量は他の人より少し多めになると思います。
●なぜ刀づくりには砂鉄と炭が必要なのか
松田 今は先ほどよりも少しずつ温度が上げています。これだけの大きさのものを伸ばしていくのですが、先ほどまでの準備では、ただつぶして押さえつけているだけで、本当に接着しているわけではありません。時々ポロポロ小片が落ちていきますが、もう少し温度を上げれば、あれも全部くっつきます。でも、そうすると脱炭が起こりますから、温度はなるべく上げないようにします。
砂鉄がなぜ還元しやすいかというと、粒が非常に小さいからです。溶鉱炉に入れる鉄鉱石は、それよりも大きいのです。事前に石灰石などと一緒に焼き固めておきますが、大きさがかなり違いますから、相当の温度が必要になります。
砂鉄は、わずかな温度とわずかな時間ですぐ還元して鉄になります。たたらにするときには、「浸炭」「窒化」の現象が起こり、炭素を吸いますが、炭素の多い材料では、逆に吸われてしまいます。炭=炭素ですから、モノに炭素を入れるのか抜くのかという塩梅を、フイゴの加減だけでやっているわけです。
だから燃料は炭でなければなりません。コークス(石炭などから生産される炭素を主成分とする固体のこと)だと硫黄やリンなど、炭素以外のものも入っています。高温になると、それらも一緒に移動してしまいます。
●なるべく脱炭させないように
松田 今、鏨(タガネ、金属を削ったり切ったりするのに用いられる工具)で印を付けたのは、ここから短冊に切って3枚に分けるためです。それを重ねて「鍛え」を始めます。火床の「沸く」範囲は決まっていますから、この大きさでないと鉄が沸かないのです。幅はこのままで、厚みを倍ぐらいにした状態で鍛えていきます。小さいほど「沸き」は速いです。
テレビなどで「鍛え」が映されているのを見ると、ほぼ脱炭させて炭素量を下げるためにやっているようです。だから、火花がバーッと出るのです。私の場合はなるべく脱炭させないように仕事をしています。
<参考文献>
『名刀に挑む 日本刀を知れば日本の美がわかる』(松田次泰著、PHP新書)