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経済活性化のポイント「賃金」が上がらない理由とは?

アベノミクス5年間の成果と課題

伊藤元重
東京大学名誉教授
情報・テキスト
東京大学名誉教授で学習院大学国際社会科学部教授の伊藤元重氏が2012年から始まったアベノミクス5年間を総括し、その成果と課題、今後の方向性について論じる。厳しい意見も多いアベノミクスだが、伊藤氏は名目GDP、財政赤字の縮小、雇用改善、高い企業収益など複数の評価すべき点を挙げる。では、なぜ物価、賃金は上がらないのか。成長率が鈍化しているのはどうしてなのか。先進国が抱える構造問題にも言及しつつ解説する。
≪全文≫

●アベノミクスの成果に対する厳しい評価-二つの原因

 
 2017年年末をもって安倍内閣発足からちょうど5年、つまりアベノミクスによる5年が経過したということになります。これまでの成果や課題、またこれからの方向を考えるのに非常にいいタイミングだと思います。

 一般的に見ると、アベノミクスの成果に対してなかなか厳しい意見も多いように理解しています。特にその原因と思われるものが二つあります。一つはデフレ脱却についてです。アベノミクスでは、とにかくデフレから脱却するということを前面に出しました。とりわけ日銀総裁に就任した黒田東彦氏は、2013年4月の段階で「2年以内にインフレ率を2パーセントにもっていく」という目標を立てたわけですが、5年たってみると物価も賃金もなかなか上がっていません。そういう意味ではアベノミクスの一番の目標であったデフレ脱却という成果が出たとは言いにくい面があります。

 もう一つは、日本の潜在成長率です。これは経済成長のトレンドのようなものですが、この潜在成長率がなかなか上がっていかない、ということにあります。アベノミクスはやはり成長戦略を前面に出したわけですから、潜在成長率が上がっていないということで、ある種の閉塞感があるのです。

 このように、物価、賃金が上がりにくい、そして潜在成長率が上がっていないという、アベノミクスに対する厳しい見方があるのです。


●最も注目すべき成果は名目GDPの回復


 ただ、これ以外の数字でみると、いろいろな成果が出ていると思います。

 物価、賃金がなぜ上がらないのか、あるいは成長率がなぜ上がらないのか、ということについては改めて議論する必要があると思いますが、それ以外のところで、一番注目すべきなのは、名目GDP(国内総生産)の数字です。これは経済の規模感を見る上で非常にいいのですが、1997年に532兆円前後の水準を記録してから、実はそれから15年間、日本の名目GDPは低い数字になってしまったのです。1997年、98年あたりで金融危機があり、経済は非常に混乱し、そのあとデフレも起きてGDPはずっと下がっていきました。

 小泉内閣の途中から、日本のGDPは増え始めて回復基調に向かうのですが、97年の水準に戻る前、2008年にリーマンショックが起こったことで、日本の名目GDPは下がっていきました。また、2011年に起こった東日本大震災の影響で、さらに下がります。安倍内閣が成立する前、2012年時点の日本の名目GDPは、500兆円を切っているのです。97年にピークをつけてから15年後にそれよりも6パーセントも低い水準になっているわけで、これはやはり日本経済の大きな問題でした。

 そこから見ると、2013年にアベノミクスが始まってから名目GDPは着実に増加を始めていて、実は2016年の時点で537兆円まで戻っているのです。つまり、過去のピークを超えるところまで来ているということで、名目GDPを見ると明らかに2012年、13年を転機に大きく変わってきているということがいえるのです。


●財政赤字縮小を物語る三要素の改善


 その結果、どういうことが起こっているか。名目GDPの水準は政府の税収に非常に大きな影響を及ぼしますから、アベノミクスが出てくる前の2012年までは、残念ながら日本の税収は低調で、特にデフレの時は税収の名目額が下がっている状態が続いていました。つまり、日本の財政赤字がどんどん膨れ上がっていく状態だったのです。2012年の時点で恐らく日本のプライマリーバランスの赤字はGDPの6パーセント近い数字であったと思います。それに国債の利回りもあったものですから、日本の財政赤字の規模は恐らくGDPの7パーセントくらいまで進んでいたでしょう。

 現在、どういう状況かというと、この5年間のアベノミクスの中で、財政収支を見るための三つの要素がそれぞれ改善しているのです。

 一つ目はプライマリーバランスの赤字半減という目標を実現したことで、現在はGDP比で3パーセントをやや超えるくらいの赤字で済んでいるわけです。二つ目は「フィナンシャル・リプレッション」(金融抑圧)というのですが、日銀が強力な金融緩和をずっと続けていて、足下では長期国債の利回りがゼロパーセント近くにあるものですから、1000兆円前後の巨額の政府債務を抱えています。それにもかかわらず、国債の利払い費は恐らく9兆円を少し下回るところまで下がっているのです。つまり、国債の利払い費が非常に少ないということです。3つ目は社会保障基金です。これがもう一つの財政収支の大きなポイントなのですが、いわゆる医療費を総報酬割りという形にし、所得の比例配分で保険料を取るということで、結果的には保険料収入は増えていて、ここも今の段階では黒字になっています。

 全体をまとめると広義の財政赤字はGDP比で3.5パーセントくらいまでに下がってきているの...
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