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三国志の舞台、三国時代とはどんな時代だったのか?

「三国志」の世界とその魅力(1)二つの三国志

渡邉義浩
早稲田大学文学学術院 教授
情報・テキスト
劉備・関羽・張飛
中国の3世紀を舞台とする「三国志」は、今なお日本人の間でも世代を問わず人気を集めている。群雄が割拠する時代の攻防史として、1800年以上語り継がれてきた「三国志」の世界の魅力を、早稲田大学文学学術院教授の渡邊義浩氏が伝える。(全6話中第1話)
時間:11:25
収録日:2017/11/10
追加日:2018/01/25
ジャンル:
≪全文≫

●「三国志」の舞台となる三国時代とはどんな時代か


 こんにちは。私、早稲田大学文学学術院教授の渡邊義浩と申します。今回は「三国志」の基本的な概略を話していきたいと思います。まず、三国時代は3世紀の中国のことですが、それはどんな時代だったのかを、ご説明したいと思います。

 最初に「前漢」・「後漢」という国家が出ていますが、これは「漢字」や「漢民族」という言葉の語源となっている、中国を代表する古典的な国家です。ただ、漢の支配は400年も続いたため、すでに限界が訪れていて、時代が大きく変わろうとしていたわけです。

 具体的には、後漢末期に起こる「黄巾の乱」から戦乱の世が始まり、その中で三国時代への移行があるわけですが、その際に二つの大きな戦いがありました。

 一つが「官渡の戦い」という200年の戦いで、このときに袁紹(エンショウ)を破ったのが曹操(ソウソウ)という人です。曹操が基本を築いていくのが「魏」という国家になります。しかし、曹操が中国を統一しようとしていた208年に「赤壁の戦い」が起こり、曹操は敗れていきます。曹操を破った主力となった孫権(ソンケン)の建てた国家が「呉」、劉備(リュウビ)の建てた国家が「蜀」ということになります。

 こうして220年以降、魏・呉・蜀の三国が並び立っていく「三国時代」へと移っていくわけです。


●『三国志』時代の中国を地図で見る


 三国時代は、地図で見ていただくと、魏・呉・蜀がだいたい1:1:1ぐらいの大きさで存在しているように見えます。しかし、古代中国では、ここ(魏)に流れている黄河の流域、いわゆる「華北」が生産の中心でした。こちら側(呉・蜀)の長江の方が発展していくのは、三国時代より後のことです。

 三国時代に先立つ後漢という中国王朝は13の州から成っていました。それで配分すると、9(魏):3(呉):1(蜀)ぐらいの比率になります。それがもともとの国力のあり方だと考えていただいていいと思います。したがって、魏が優勢であることは圧倒的に明らかであり、呉と蜀が手を結んで魏と戦っていく。これが、三国時代の基本的な形となっていきます。

 しかしながら、魏や呉や蜀が三国を統一できたわけではなく、三国を統一していくのは、魏から出てくる「晋」(西晋)です。これは、諸葛亮(ショカツリョウ)と激しく戦った司馬懿 (シバイ)の孫、司馬炎 (シバエン)がつくった国家ですので、三国はいずれも中国を統一することはできないのです。そうした悲劇性が、物語となったときに、われわれ日本人にも深く訴えるものがあった。そのように考えています。


●『三国志』は、当時の現代史だった


 そうした三国の歴史を今日に伝えるものとして、二つの「三国志」があります。一つが歴史書としての『三国志』、もう一つが歴史小説としての『三国志演義』です。

 日本で一般に読まれている「三国志」は、『三国志演義』に基づいた小説が中心です。歴史的な事実を伝えているのは、陳寿(チンジュ)という人が著した正史『三国志』の方です。正史といってもあまり正確ではなく、『三国志』という歴史書が正史に位置付けられていくのは、書かれてから400年ぐらいたった唐の時代になります。しかし、正史『三国志』と呼び習わすのが普通ですので、このまま説明をさせていただきたいと思います。

 陳寿という歴史家は、三国を統一した西晋の時代、3世紀末を生きた人です。したがって『三国志』は、その時代が終わってからすぐに書かれた、いわば当時の「現代史」になるわけです。そのため、「言ってはいけないこと」や「書けないこと」も多かったので、簡略で、少し物足りない部分があります。

 現在の『三国志』には、裴松之(ハイショウシ)という人による注が付けてあり、『三国志』の記述を補うことができています。陳寿が棄てた記録を裴松之が拾ってくれたことによって、われわれは三国時代の具体的な形を見ることができるのです。


●陳寿の「正統観」と「春秋の筆法」


 さて、「正史」というと「正しい歴史」と読みがちですが、これは「正統な歴史書」という意味です。歴史書はなぜ書かれるのかというと、三つの国が並んだときであれば、どの国が正統かを表すのが目的です。陳寿にとって西晋という国家の正統を保証しているのは西晋の出てきた魏という国家ですから、魏という国家を正統なものに置きました。

 具体的には、魏をつくった曹操の悪事は書かない。西晋をつくっていく司馬氏の悪事も書かない。そして、司馬懿の功績をできるだけ高く書きたい。そういうことなので、司馬懿が懸命に防いだ諸葛亮の侵略や、諸葛亮自身の人物像を非常に強く描いていきます。また、司馬懿は遼東 の公孫氏(コウソンシ)を滅ぼしていきますが、その結果入ってきた倭国を南方の大国に描いていく。...
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