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自分の功績を記録しなかったハドリアヌス

五賢帝時代(6)パンテオンとハドリアヌス辞世の句

本村凌二
東京大学名誉教授/博士(文学)
情報・テキスト
パンテオン (ローマ)
ハドリアヌスの文化事業の中でも特筆すべきは、ローマのパンテオンと、辞世の句である。前者は、自らの功績を誇示しなかったため近年までハドリアヌスのものと見なされなかったものであり、後者はラテン詩の傑作である。建築と詩作に努めた文人皇帝の最後を、東京大学名誉教授の本村凌二氏が語る。(全9話中第6話)
時間:07:19
収録日:2018/02/08
追加日:2018/05/22
タグ:
≪全文≫

●ハドリアヌス建築の代表――ローマのパンテオン


 ハドリアヌス・ルネッサンスということで、多くの建物を造った中でも、代表的なものがローマにあるパンテオンです。

 パンテオンは万神殿、つまり神々の全てを祭るところという意味です。円形のドームで、建物を見た時「こんなものを2000年近く前によく造ったものだ」と思いました。まだ日本には卑弥呼もいないような時代です。そういう時代に造ったものが、今でも顕然と残っており、ローマの観光の一つのメッカになっているわけですが、これもハドリアヌスが建てさせたものです。


●自分の功績を記録しなかったハドリアヌス


 ただ、パンテオンそのものはアウグストゥスの時代にありました。そもそも最初はアウグストゥスの側近だったアグリッパがこのパンテオンを造ったのです。それが何度か火災や落雷に遭って壊れたため、また造り直すということで、現在残っているパンテオンはハドリアヌス時代のものです。

 ハドリアヌスの奥ゆかしいところは、そのパンテオンのちょうど一番正面にアグリッパが3回目のコンソルの時に造ったという碑文が掲げてありますが、そこには一言も彼が造ったことに触れていない点です。

 ハドリアヌスの時代にパンテオンができたことは、同時代の人たちは知っていました。けれども記録には何も残していないので、たとえ同時代の人たちがそれを造ったのはハドリアヌスだと記憶していたにしても、その記憶が消えていき、近代になってそのパンテオンが教会などに変えられ利用されていく中、碑文に残されていたままアグリッパが3回目のコンスル(執政官)の時に造られたものと思われていました。

 そのため、19世紀や20世紀になっても、学者たちは、これはアグリッパが造ったものであると本当に思っていたのですが、ここ何十年かの間に考古学の研究が進んできて、このパンテオンはハドリアヌス時代に造られたことが明らかになってきました。パンテオンの一部を剥がすとレンガなどがたくさん出てきたのですが、レンガにはそれを造った人の名前が刻んであり、それらを見るとハドリアヌス時代の有名な職人の名前があったというのです。ということで、今ではハドリアヌスが造ったものだといわれています。

 その他、有名なものとしては、ブリタニアの「Hadrian’s Wall」というハドリアヌスの長城もあります。そのように、次々に立派な建造物や神殿といったものを造っていったことが、ハドリアヌスの今日まで残る業績ではないかと思います。


●ハドリアヌス辞世の句


 このように、ハドリアヌスは文化事業にも非常に熱心で、また自分で詩を創作したり巷の詩人とやり取りしたりすることもあったのですが、晩年になると病がちということもあり、だんだんと別荘にひきこもりがちになりました。

 ただ彼が亡くなった時は、ヴィッラ・アドリアーナではなく、ナポリ近郊に位置するバイアエの別荘に移っていたらしく、そこで最後に詠んだ辞世の句があります。

 “小さなさまよえる愛しき魂よ わが肉体に仮に宿りし親友よ 汝(なんじ)は今や青ざめて凍りつくわびしきあの場所へ たわむれに心を踊らせた日々を思い出すこともなきあの場所へ、離れ去ろうとするのか”

 これは、非常にはかない人生と、あの世に魂が移っていくという様子を書いたもので、ラテン語の詩としても非常に傑作だといわれています。

 最後は病で亡くなってしまうハドリアヌスですが、死にたがっていたそうで側近の人間に「私を殺してくれ」と頼んだといいます。皇帝の命令であれ、いくらなんでも「私を殺してくれ」というのは、そうした人間がその後どんな始末になるか分かりませんから困ります。結局それは実現しないまま終わりますが、それくらい彼は死にたがっていたということです。

 そうして、上の詩を残してこの世を去るわけですが、その後にアントニヌス・ピウスという皇帝が就任することになります。
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