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日本の外交には「インテリジェンス」が足りない

インテリジェンス・ヒストリー入門(1)情報収集と行動

中西輝政
京都大学名誉教授/歴史学者/国際政治学者
情報・テキスト
ベネチア
国家が的確な情報を素早く見つけ行動するためには、インテリジェンスが欠かせない。日本の外交がかくも交渉下手なのは、インテリジェンスに対する意識の低さが原因だ。日本人の苦手なインテリジェンスの重要性について、また日本人のインテリジェンスの学び方について、歴史学者で京都大学名誉教授の中西輝政氏が解説する。(全11話中第1話)
時間:11:04
収録日:2017/11/14
追加日:2018/05/07
カテゴリー:
≪全文≫

●インテリジェンスは「早く見つけ、おもむろに行動する」


質問 先生は今、インテリジェンス・ヒストリーについて著書を執筆されているそうですね。なぜ今、インテリジェンス・ヒストリーが必要なのでしょうか。

中西 インテリジェンスは、国家、国、あるいは組織、人間の集団に関わるものです。国家の安全や繁栄は、国民が大きな希望を持って未来を切り開いていかないと実現できません。社会の安定や、国民の精神の健康の維持は、政治の根本目標です。

 したがって、どんな組織でもそうですが、特に国をどう動かしていくのかということは非常に大事なことです。国家運営の要諦として、私は40年ぐらい国際政治の歴史を勉強し、著作を書いてきました。イギリスを中心に勉強してきましたので、イギリス風の格言で言いますと、とにかく時々刻々、国際環境なり政治が取り組む状況は変わりますので、国家の行動と選択にとって重要なことは、何よりも「早く見つける」ということです。

 しかし、インテリジェンスは早く情報を集めて、的確に分析するということだけでは終わりません。なぜインテリジェンスが大事かというのは、その次の話も関わってきます。つまり、集めて分析した情報をもとに、どのような行動に出るか、どのような対処をするのかも重要になってきます。行動に移るためには、時間が十分に必要です。したがって、インテリジェンスが重要なのは、「早く見つけ、おもむろに行動する」という組み合わせを可能にするからなのです。

 ところが、えてして日本の近代の歴史あるいは組織の行動形態を見ていると、情報を見つけるのが非常に遅いのです。遅く見つけて、慌てて行動するというのでは、やはりろくな結果になりません。インテリジェンスで一番大事なのは、なるべく早く、なるべく的確な情報を見つけることですが、それは行動に移す際の余裕と時間を持ち、より良き選択ができるようにするためなのです。


●情報に支えられていなければ、交渉の潮時は分からない


 さらに、交渉事においてもインテリジェンスは重要です。国家の交渉といえば、外交です。外交では、とにかく粘り強く主張することが肝心です。国際社会においてものすごく大事なことは、明確に粘り強く、こちらの主張を一歩も譲らないという姿勢で頑張ることでしょう。ところが、物事には潮時というか、ここぞという場面があります。そこを見逃さずに、ここが潮時だというときには一気に潔く譲歩して、交渉をまとめてしまう必要もあります。

 しかし、ここが潮時だとどうやって分かるのでしょうか。勘でしょうか。確かに政治は勘だと言える部分もありますが、やはり基本は情報です。情報に支えられていなければ、潮時の感覚はつかめません。

 これまでの日本の外交は、比較的簡単に譲歩してしまっています。かと思うと、とっくに終わっている問題を、いつまでも潮時が見つからなくて、踏ん切りがつかずにずるずると尾を引いて、何十年と解決できなくなっているということもたくさんあります。これはおそらく情報に対する関心が低く、潮時がなかなか見つけられないからでしょう。ダイナミックな交渉活動ができていないのは、情報が原因です。

 多くの事柄に共通することですが、なぜ情報が大事かといえば、大きく言って今述べた2点です。つまり、的確な情報を早く見つけ、行動に移るための余裕と時間を持つということです。そのためには、方法論をしっかり考え抜かなくてはなりません。


●勝つためには情報を活用し、ときには秘密工作を駆使することも


 交渉の潮時を知るためには、こうしたインテリジェンスが重要です。その際、相手側が何を考えているのかを知らなければなりません。孫子の兵法に出てくる、有名な言葉があります。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というよく知られたことわざです。ここで「知る」ということは、まさに情報を意味します。

 一番の理想は、戦わずして勝つということでしょう。戦いは良くありません。しかし戦わずして勝つには、どうすればいいでしょうか。一方的に譲歩するわけにもいかないですし、大した相手、難しい相手もたくさんいます。戦わずして勝つのを最上策とするという孫氏の言葉は、明らかに情報の重要性を説いたものです。時には情報工作をし、相手の懐に飛び込んで、内側から相手を崩してしまうということも必要でしょう。

 戦わずして勝つというのは、このようにえげつない勝ち方なのです。美学から言うと、一番汚い手を使うことです。日本人の美学では、戦闘で勝つことを良しとしますが、それだとあまりにも犠牲が大きいし、コストがかかりすぎます。だから、理想としてはなるべく汚い方法で勝つということです。

 実際、これを理想とした方が人間性にも適っているでしょう。そのためには情報と工作の...
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