●神経系は、動物の進化環境に適応して働くのが大前提
進化心理学の大前提に、動物の神経系は、その動物が進化してきた環境に適応するように働いているということがあります。そういう臓器であるのだから、ヒトの神経系やこころ、脳を理解するには、ヒトの進化の舞台で生存・繁殖に影響を与えてきた課題が何であったかを知ることが必須だと考えられます。
それには、ヒトが進化してきた環境がどういうものだったかということが問題です。現代、私たちが住んでいる環境は、あまりにも速いスピードで変化していますので、この環境がわれわれの適応環境であるとは考えられません。あまりにも速く変わり過ぎてしまいました。おそらく脳神経系の作動は、この変化に追いついていないだろうというのが、大きな結論の一つです。もしも追いついているものがあるとしたら、それは多分ものすごく無理をしているだろうと予測されます。
進化心理学は、なんでもかんでも過去の進化環境に対する適応で説明しようとしているわけではありません。ただ、進化適用によるバイアスがあるだろうと考えられます。それを考慮して心理を見てみる場合とそうでない場合では、考慮した場合の方がいろいろなことをよく理解できるのではないかという提案をして、仮説を立てるわけです。
進化的なことだろうと考えたら、「ヒトはこういうバイアスが掛かっているのではないか」と提案をして、その仮説が正しいかどうかを確かめる。それが正しいと分かれば、現代の環境下でそのバイアスに逆らったことをしようとする場合、どこに気を付ければいいかの提案ができる。そのような流れで進化心理学は考えようとしています。
●進化環境で生存のために必要だったのはどんなことか
ヒトの進化環境については、人類学の方から提供される知識がいろいろあります。
・いろいろな雑多な食べ物を食べる
・学習に依存して、高度な技術を使って食料を獲得している
・学習の結果をたくさん伝承する
・子どもが大人に依存する期間がとても長い
・寿命が長く、おじいさん、おばあさん、親、子どもと三世代共存で資源のフローがある
・男女が性的に分業をして共同で働く
・夫婦にペアボンド(つがいの絆)がある
・血縁者だけではなく、非血縁者を含む多くの人間が一緒に共同作業をする
などです。
こうでないと生きていけなかった、解決しないと暮らしていけなかったこと。つまり、生存に何が大事だったかという観点からヒトの心理を考えてみることを、これまでの心理学はやってこなかったので、それをやってみましょうということです。
●「互恵的利他行動」が基本の社会で困るのは
ここまでが、進化心理学の概要になります。いろいろな例がある中から一つ、例を出してみたいと思います。
ヒトは、血縁・非血縁の多くの人で共同作業をしなくてはいけないことを、先ほど言いました。これが人間の特徴の一つで、そこから「互恵的利他行動」が生まれます。
ちょっと損をしても、何かやってあげる。すると向こうも、またやってくれる。別の誰かに何かをやってあげる。そちらでもまた何かをやってくれる。そのような、お互いに利益をやりとりする関係。そのときは時間とエネルギーを少し持ち出し気味に使っても、向こうがよくなるようにしてあげる。こちらもやがてやってもらえる。
そのように、人間の環境は互恵的に利他行動をやりとりする関係に満ちています。社会関係は、一般に互恵的なことが多いのです。
ところが、互恵的な行動がちゃんと進化するには、もらいっ放しでお返しをしないフリーライダー(裏切り分子)を見つけて排除しないといけません。そうしないと、持ち出しになる一方でシステムがつぶれてしまうからです。
●「ズル」検出に特化したモジュールがある?
これに対して、アメリカの心理学者ジョン・トゥービー氏とレダ・コスミデス氏は次のようなことを考えました。
もし人間が互恵的利他行動でお互いにやってあげたりやってもらったりして、損したり得したりしながら進化してきたことがたいへん重要なのだとしたら、誰かがずる(抜け駆け、裏切り)をしていることに関しては、特殊化した知能があるだろう。脳みそはいろいろなことをするけれど、「あっ、あの人、ずるしてる」というようなことは、「AならばBである」と論理的に考えているのではなく、パッと分かるのではないか。そういうことに特化した脳のモジュールがあるのではないか。
つまり、利益を得るだけでコストを負わない抜け駆けを検知するメカニズムは、そのことに特化して直感的に分かるのであり、別に考えているわけではない。一生懸命考えて結論を出しているのではなく、コストを負わない、利益だけ得ている行動は見ただけで分かるのではないか。トゥービー...