●経済合理性に進化を重ねる「進化経済学」
前回の話は「どれをめくるか」という推論による意思決定ですが、進化心理学は意思決定において、どういうバイアスがわれわれに掛かっているかを問題にします。このことは、その後、進化経済学の方に発展しています。
経済学者は長い間、人間の欲求(欲しいもの・欲しくないもの)や快・不快は、お金との交換価値で同列に並んでいて、一番得をする方に行くだろうと考えるモデルを持っていました。
でも実際の行動にはバイアスがかかっていて、人は自分が多少損をしてもやはり人を助けたいと思う。それは、やはり社会関係が非常に重要だからだろう。あるいは、抜け駆けしている人を見たら、ものすごくコストを払ってでも罰してやりたいと思う。このように損得では計りきれない行為に対する意思決定は、どのように生まれるのか。これを考えるのが進化経済学です。進化経済学と進化心理学は、お互いに非常に影響し合いながらやっています。
さらに、配偶者の獲得競争がどのように殺人を起こしていくか。あの人よりこの人がいいというような配偶者選択の心理の中には、どんな基準がどのようにつくられているのか。
それから、子育てをする・しないという、「子育て投資の配分」はどう感じられるか。少子化はそういう問題の一つです。児童虐待はなぜ起こるか。また、「子殺し」は子育て投資をしないと決める心理ですが、それはどういう状況で起きてくるのか。こうしたことを考えていきます。
●比較文化と人類学の「文化心理学」にも進化的説明が可能?
非常に面白いのは、文化心理学という分野です。文化が違うとヒトのやることは違うということで、文化はヒトの心理をどれほど操っているのかを探ります。
進化心理学では、文化は環境だと考えます。文化は人間が自分でつくり出したものですが、自分にとっては自然の環境とまったく同じように、非常に重要な環境です。「文化にどっぷり浸かり、その文化に適応していないとうまくいかない。だから、文化は環境であり、文化への適応も、進化的に説明できるはずだ」と考えるのです。
日本とアメリカの違いを考えるときに、人々がそれぞれの文化環境に適応するためにどういう方策を取っているかをまず考えます。日本では、「あまり目立ってはいけない」文化なので、そのような方策を取る。アメリカは「自己主張をしなければいけない」文化なので、そのような方策を取る。文化も環境の一つだと考えると、文化にどうやって適応しているかも進化的に説明できるだろう。そのように考えて、文化心理学にも手を伸ばしています。
●今や心理学者の必須課題となった進化心理学
R.E.ニスベットという社会心理学者がいます。彼は随分前に、「全ての大学の心理学教室に、一人は進化心理学者がいるべき」で、その上で皆、議論するべきだと言っていました。それが最近は、「全ての大学の心理学教室に一人の進化心理学者がいる必要はない。そういうことではなく、全ての心理学者が、進化を念頭に置いて研究するべき」だと発言を変えています。
この人は社会心理学会の会長もやっていた方です。その意味で、進化的バイアスや進化でつくられた脳みそということを抜きにした心理学を、物理学的なものを目指してやっていくには限界があるとして、みんなの認識がそちら側へ移ってきたのかと思います。
私もそういうかたちでヒトの理解というものを目指したいと思います。定年はもうすぐですが、ずっとこの先、一生の問題として、こういうことを研究していきたいと考えています。