●中国の知財侵害を主張するナヴァロとUSTRの調査結果
さて、トランプ氏は「中国をやっつけてやる」と言い出したのです。実は、「中国は知的財産権を侵害している」ということをずっと言い続けているピーター・ナヴァロというカリフォルニア大学の先生がいたのです。私はこの人の本をいくつか読んでいますが、この人は、ハーバードで経済学博士を取得していて、少し考え方が偏っています。
ナヴァロ氏があまりにそういうこと言うので、トランプ氏はそれを信じ切っているのです。彼はトランプ政権の経済貿易政策の担当補佐官だからです。そこで、USTR(アメリカ合衆国通商代表部)が、中国はどれほどいけないかということの調査に入りました。
その結果、少なくとも4つほど中国はとんでもないことをやっていると報告されています。例えば、アメリカのハイテク企業が中国に投資をすると、「技術を移転するように。そうでなければ営業させない」と圧力をかけるというものです。それから、技術移転契約をするときに、中国の企業にはやらないようなことをアメリカの企業にはやったりするというものです。そして、先端技術を持つアメリカの企業を買収するのですが、なんとその買収の資金は中国政府が支援していると、USTRが言っているのです。これはもう不公正極まりないことだ、というわけです。それから人民解放軍が、そうしたハイテク企業の中にサイバー攻撃で入って、秘密を盗み出すということもやっているというようなことを、アメリカは主張しています。だから、中国を懲らしめるのだということなのです。
●一方的な米中通商協議に中国は一度、譲歩
2018年5月に第1回の米中通商協議をしようということで、政権の中枢の人は皆、出掛けました。代表はスティーブン・ムニューシン財務長官で、その他、ロバート・ライトハイザー通商代表、ウィルバー・ロス商務長官という顔ぶれです。そこで、こういうことを言ったのです。
“今から12カ月以内に1,000億ドルのアメリカの赤字をなくすように。さらに、その先の12カ月以内に、もう1,000億ドル、合わせて2,000億ドル(日本円で約22兆円)の赤字をなくす。中国は鉄鋼などの過剰生産につながるあらゆる補助金を全面撤廃するように。中国は、アメリカ企業から不当に技術を獲得する全ての手段を撤廃するように。中国は、アメリカが輸出規制法を発動したときに賛成するように。中国は、WTOに対する訴えを全部取り下げるように。中国は、アメリカがどんなことをしても報復はしてはならない。以上を、約束するように。”
このことを、フィナンシャルタイムズの世界的に立派なコメンテーターであるマーティン・ウルフという人が「これは何なのだ。独立国間の交渉事ではない。アヘン戦争の時代より悪いではないか」と書いています。ほとんど常軌を逸した内容だからです。そこで、ウルフ氏は、「アメリカ以外の国々よ、みんな団結して立て」とまで言っているのです。分かりますね、そんな気持ちにならざるを得ないのです。
ところが、あまりにもアメリカの要求はひどかったのですが、中国はアメリカのものを買うようにしました。それから、特に金融機関で、アメリカが中国に投資をするときには5割以上は投資をしてはいけないという資本規制があったのですが、5割以上になってもいい、つまり単独での投資もできるようにする、ということにしました。ということで、いろいろなことをやったのです。
●さらなる追い打ちに、ついに中国は「以戦止戦」へ
そういうことを見て、ムニューシン財務長官が、「大統領はあんなことを言っているけれど、しばらく手打ちをして休戦(halt)しよう」と言ったのです。それで中国は、少し胸をなで下ろしました。ところがアメリカ政権内で、「ムニューシンは腰抜けだ」という議論が出てきたのです。ナヴァロ氏やライトハイザー氏が、「彼の発言権を奪え」というようなことを言って、騒いだのです。
そうしたら、2018年6月、トランプ氏がそれからほとんど舌の根の乾かないうちに、どかんと中国に「2,000億ドル相当の製品に対して10パーセントの追加関税措置をする」と言ったのです。中国はなんとかしてアメリカのものを買って、アメリカからの投資も受け入れて、アメリカのエリートたちに訴えようとしたのですが、そういうことをがんと言ってきたわけです。
そこで中国は、「これは普通ではない」と本当に驚いてしまいました。要するに、アメリカは信じられない、言うことをすぐ変える、頭ごなしに言ってくる、アヘン戦争の時のような態度で出てくる、ということで、この戦いは戦いをもって止める以外にないとなったわけです。戦いを「以(もっ)て」の「以」で、日本語では「以戦止戦(いせんしせん)」、中国語では「以戦止戦(イーチャンチーチャン)」といいます。...