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イノベーションは「思いつくかつかないか」の勝負

イノベーションの本質を考える(5)異日常の提案

楠木建
一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 特任教授
情報・テキスト
イノベーションが「思いつき」の勝負であると、楠木建氏は指摘する。その好例として挙げられるのは、高級ウィッグで有名なアデンランスの男性受け商品である。どのような「思いつき」がイノベーションにつながっていくのだろうか。(2018年9月7日開催日本ビジネス協会JBCインタラクティブセミナー講演「イノベーションの本質」より、全8話中第5話)
時間:07:21
収録日:2018/09/07
追加日:2018/11/30
≪全文≫

●イノベーションは思いつきの勝負である


 これまでの話をまとめると、進歩は、「できるか・できないか」の勝負です。それをできた者がもうけることができます。ただ、それは非常に難しいのです。

 それに対して、イノベーションは全く違います。イノベーションは「思いつくか・つかないか」の勝負です。そうなっていないのは、まだ今は思いついていないだけで、思いつくことができれば、「何が良いか」を変えることができます。


●アデランスの強みと問題点


 これについて、僕が少し個人的に関わっている例を紹介します。僕の先輩に、佐山展生氏という人がおり、インテグラルという投資会社をやっているのですが、そこがアデランスに投資しました。その際に、何か良いアイデアはないだろうかということでお話しする機会を頂いて、いろいろとその会社について聞かせてもらいました。

 アデランスの商品は、いわゆるかつらです。これは、男女それぞれにマーケットがありますが、基本的に3つのみの需要によって成り立っています。その3つの需要とは、薄毛の悩み、ファッション、医療です。

 アデランスにおける女性用のかつらは、この3つの需要に即した商品が昔から全てそろっていました。少しお年を召して髪が薄くなり、髪を増やしたいという悩みもあれば、ファッションもあれば、最近、特に乳がん治療等の影響で髪が抜けてしまった人向けなど、医療用のかつらもあります。

 一方、男性の需要は99パーセントが薄毛の悩みなのです。あまりご存じないかと思うのですが、同じ業界でも、アデランスとアートネイチャーは戦略が全く異なる会社です。アートネイチャーはとにかくマーケティングやプロモーションにたくさん投資をしますし、それが非常にうまい会社です。

 それに対して、アデランスは物作り志向が強く、フルカスタマイズの高級ウィッグを売り出しています。当然一番良い素材は人毛です。ただ、非常に価格が高いのです。ですから、どんどん人工毛にスイッチされていっています。人工毛でトップシェアの会社は、日本のカネカです。カネカのカネカロンという製品が定評ある人工毛の素材を使っているのですが、やはり人毛に比べるとそこまではまだいっていないということです。アデランスは、世界で唯一人工毛から開発、内製している会社で、実際品質のレベルは全く違います。

 ところが、この手の商品の品質は、特定少数のスペックでは示しにくいものです。ですから、当然その使用者の口コミが一番重要なマーケティングツールになります。しかし問題は、商品の性質からして、かつらは一切口コミが効かないということです。なぜなら、自分がユーザーであるということが強く隠されているからで、「どうだい、俺のを触ってみろよ、すげえだろ」と言うユーザーはほとんどいません。「今日この中でウィッグしている方は手を挙げてください」と言ってもなかなか難しいでしょう。しかし、これは大変もったいないな、というのが僕の着眼点なのです。


●男性に向けた、かつらによる「異日常」の提案


 こうした現状に対する僕の提案は、男性向けにも、ファッションのセグメントで商品を作ってみませんか、というものです。ここで提供する価値は、「異日常」を売るというものです。「非日常」ではなく「異日常」です。

 「非日常」では、例えば東急ハンズで売っている、ハロウィンのおもちゃのかつらになってしまいます。これは、その翌日にはもういらなくなって捨ててしまうこともあるでしょう。そうではなく、豊かな社会において、ある程度所得にゆとりがある人ならば、趣味の世界などでもう1人の自分の「異日常」を持ちませんか、という提案なのです。その中で、髪も着替えるというのはどうでしょうか、と。

 もちろん、これははげていなくても良いのです。僕ははげてしまっているのですが、音楽が好きで、今でも趣味でロックバンドをやります。ロックをやる際には、この髪だとどうもしっくりこないので、いつもキャップ等を被ってやっていました。そのうち、長髪で演奏したら気分が良いだろうな、と思うようになったのです。

 また、僕の友人で、メガバンクで働いている人がいるのですが、彼はかなり偉くなり、役員になっているそうです。普段はびしっとネクタイをして髪も七三分けです。ところが、彼は昔から、とにかくストリートダンスが好きでした。そのため、一度で良いから髪をドレッドにしたいと言っているのです。ドレッドという髪型をお分かりなるでしょうか。コーンロウなど、編みこんでいるものです。

 皆さん、ご経験はない方も多いでしょうが、ドレッドにするには7時間ほどかかります。値段も1回5万円近くかかります。さらに問題は、一度この髪型にしたら、二度とそのメガバンクに入れないということです。しかし、ダ...
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